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北朝鮮のミサイルは防衛費の2%で抑止できる
2017/05/14
Japan On the Globe(1004)■国際派日本人養成講座 ■H29.05.14より転載

The Globe Now: 北朝鮮のミサイルは防衛費の2%で抑止できる
 独裁者をピンポイントで狙える巡航ミサイルを活用すれば、抑止力を発揮できる。歓迎

■1.北朝鮮は核ミサイルを使うために開発している
 元北朝鮮人民軍のパイロットで、1996年にミグ19に乗って韓国に亡命し、今は韓国の空軍大学教授となっていた李チョルス氏は、次のように語ったと西岡力(つとむ)・東京基督教大学教授は記している。[1]

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 自分たち北朝鮮軍人は士官学校に入ったときから現在まで、ずっと同じことを教わってきた。1950年に始まった第1次朝鮮戦争で勝てなかったのは米軍基地のせいだ。あのとき、(韓国への)奇襲攻撃は成功したが、在日米軍基地からの空爆と武器弾薬の補給、米軍精鋭部隊の派兵などのために半島全域の占領ができなかった。

 第2次朝鮮戦争で勝って半島全体を併呑するためには米本土から援軍がくるまで、1週間程度韓国内の韓国軍と米軍基地だけでなく、在日米軍基地を使用不可能にすることが肝要だ。だから、射程の長いミサイルを実戦配備している。
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 北朝鮮の核ミサイル開発の目的について「冷戦後、国際的に孤立する中、体制を維持するために核ミサイルを持とうとしている」とか「米国との外交カードとして使い、米朝国交回復を狙っている」などの見方があるが、西岡教授は「これらの見方は、実は北朝鮮が政治工作として意図的に拡散しているウソだ」と断言している。

 その証拠として氏が挙げているのが、金日成が核開発を始めたのは、1953年7月の朝鮮戦争休戦の数ヶ月前だったという事実である。この時点では北朝鮮は軍事や経済でも韓国より優勢だった。金日成が、朝鮮戦争に勝てなかったのは在日米軍基地のためだと考えたからこそ、核ミサイル開発を決意したのである。

 とすれば、金正恩も、このままでは北朝鮮経済も行き詰まり、体制も崩壊すると追い詰められて、生き残る唯一の道は、韓国を併呑してその富を奪うしかない、と一か八かでこの戦略に出る可能性はある。

「それを確実に抑止する方法は、核のボタンを押せば必ず報復を受けて金正恩が死ぬと彼に分からせること以外にない」と、西岡教授は断言する。

■2.独裁国家の弱み
 北朝鮮やシナのような独裁国家では、独裁者は国民の生命や財産は気にしない。あるアメリカ陸軍大将が人民解放軍最高幹部たちとの宴会に出席した際、いささか酔っ払ったシナの大将が「我々は上海が核攻撃を受けて消滅しても戦争は続けるが、アメリカはロサンゼルスが核攻撃を受けた瞬間に戦争はできなくなるであろう」とテーブルを叩きながら豪語したという。

 酔っ払いの大言壮語ではない。現に毛沢東は大躍進政策の失敗で推定2千万人を餓死させた後[a]、政権内での保身のために文化大革命を起こし、紅衛兵らの虐待で党幹部、知識人ら40万人が殺害されたと言われている[b]。金正恩の父親・金正日も自らの権力奪取後、国民の飢餓を放置し、3年間で国民の17%近く、約370万人を餓死させたと推定されている[c]。

 こうした独裁者たちは自らの保身のためには、国や国民がどうなろうと気にしない。逆に、他国を攻撃したら自分が殺されると分からせれば、その侵略行為を抑止できる可能性がある。米軍が北朝鮮に核開発をやめなければ金正恩の「斬首作戦」をする、と個人的に脅かしているのは、このためである。

 米国は金正恩個人を狙えるだけの武力を持っているが、我が国は持っていない。日米安保によるアメリカ頼みでも良いのだろうか。いや、そうはいかない場合もある。

■3.「防衛」の理想は「防御」ではなく「抑止」
 たとえば、北朝鮮が日本に対して「経済制裁を解け。解かなければ、日本のいくつかの都市にミサイルを撃ち込むぞ」と脅してくる事態を想定できる。

 この場合、もし日本がノーと言って、実際に何発かミサイルを撃ち込まれたとする。そして在日米軍が出動する前に、北朝鮮は「これ以上の攻撃はしない。経済制裁を解くよう、再度、勧告する」と言ってきたら、在日米軍はどう出るか。

 日本にミサイルは撃ち込まれたが、すぐに停戦状態になっている。ここで在日米軍が出動すれば、北朝鮮対アメリカの戦いになって、第2次朝鮮戦争の引き金を引いてしまう。戦闘が行われていない以上、アメリカがその危険を冒してまで報復してくれるとは信じられない。このように日米安保条約の隙間を狙って、日本だけを脅迫するという手もありうるのである。

 こういう時に、日本の武力だけで、日本にミサイルを撃ち込んだら金正恩の命もないぞと脅すことができたら、それが抑止力になる。

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 そもそも「防衛」のために莫大な税金を投入して軍事力を保持しなければならない究極の目的は、日本が外敵から軍事攻撃を仕掛けられたら「防御」するためではなく、「外敵が日本に対して軍事攻撃を実施するのを事前に思いとどまらせる」こと、すなわち「抑止」にある。

 自衛隊が「防御」する段階に立ち至った場合には、いくら自衛隊が頑強に「防御」したとしても、日本国民の生命財産が何らかの損害を被ることは避けられない。したがって「防衛」の理想は「防御」ではなく「抑止」なのである。[1, p9]
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 軍事アナリスト・北村淳氏の至言である。「やられたら、倍返しだ」という「報復的抑止力」を持つことが「防衛」の効果的なあり方なのである。

■4.『巡航ミサイル1,000億円で中国も北朝鮮も怖くない』
 北村氏は、この観点から、シナ・北朝鮮に対する防衛(ただし、核攻撃を除く)に関して、卓抜な構想を提案している。まず、その要点を示した後で、詳しく説明しよう。

1) シナや北朝鮮からの攻撃パターンとして軍艦、潜水艦や航空機による接近襲撃は自衛隊による監視・撃退能力が高く、相手も相当なリスクを覚悟しなければならない。それに対して長射程ミサイル攻撃は最小のリスクで、我が国にダメージを与えられる。

2) 現在、我が国のミサイル攻撃への防御は迎撃ミサイルで撃ち落とすシステムが中心になっているが、撃ち落とし漏れで被害が出る。しかも、多数のミサイルが発射された場合は、迎撃ミサイルを撃ち尽くして、その後はやられっぱなしとなる。

3) ミサイル攻撃への最も効果的な防衛は、撃たれたらこちらも長射程ミサイルで撃ち返すという報復により、抑止をはかることである。迎撃ミサイルによる「防御」よりもはるかに安価に、より確実に「抑止」を図ることができる。

 これが北村氏の著書『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』というタイトルの意味するところである。

■5.迎撃ミサイルでは撃ち漏らし、弾切れ
 上記の各点について、もう少し詳しく説明しておこう。

 まず(1)の「最大の脅威は長射程ミサイル」という点だが、個人の戦いに例えて言えば、軍艦や航空機などの接近攻撃は殴りかかること、ミサイル攻撃は銃撃のようなものだ。殴りかかってくる相手よりも、離れた所から銃撃をしてくる相手の方が脅威が大きい、というのは、常識で分かる。

 防衛面を考えると、殴ってくる相手には殴り返せば、相手に相応の打撃を与えられる。しかし、相手がいつどこから銃撃してくるのか分からない、というのは、はるかに大きな脅威である。

 (2)の迎撃ミサイルでは完全には防御しきれない理由を説明しよう。北朝鮮が日本を狙うには、スカッドD弾道ミサイルが使われる。最大射程距離は700〜800キロで、西日本の多くの地域が到達範囲に入る。発射には地上移動式発射装置が使われ、北朝鮮はこれを50輛前後、保有していると見られている。とすると、最大50基の弾道ミサイルを一度に発射できることになる。

 それに対して、現行のミサイル防衛システムは次のようなものだ。弾道ミサイルの発射を、警戒衛星とイージス艦のレーダーシステムで捉え、その弾道を計算して、SM−3迎撃ミサイルが発射される。しかし、その撃墜率はこれまでの10年の経験では8割強であり、50基が同時に撃たれた場合は、すべてを迎撃しても10基は撃ち漏らしてしまう。

 さらにSM−3ミサイルは1基25億円と超高額のため、イージス艦あたり8基しか装備されていない。海上自衛隊のイージス艦4隻がすべて出動していても、32基しか発射できない。北朝鮮が第一波で50基を撃ってきたらそもそも足りないし、第二派としてまた50基発射したら、もう撃ち尽くしてしまって、指をくわえて見ているしかない。

 第二段の構えとしてパトリオット−3防空ミサイルシステム(PAC−3)もあるが、直径40キロの圏内でしか撃墜できず、国内にはこれが18セットあるのみである。

 18セットを東海道・山陽新幹線沿いに横に並べたとしても、40キロx18セット=720キロで、東京−岡山がカバーできるほどである。イージス・システムで防げず、パトリオットがカバーしていない地域はやられ放題という事になる。こういう事態を防ぐには、さらに数兆円規模の予算が必要となる。

■6.巡航ミサイルの脅威
 長射程ミサイルには弾道ミサイルのほかに巡航ミサイルがある。弾道ミサイルは弾道(放物線)を描いて超高速で飛ぶもので、核を搭載した大陸間弾道ミサイルはこの一種である。

 巡航ミサイルは低空飛行で山などを避けながら、自由自在に進路を変えつつ飛翔する。弾道ミサイルよりも速度は遅いが、小型かつ低空飛行のため、レーダーでもはるかに補足しにくい。

 アメリカの巡航ミサイル・トマホークは最大射程距離1700キロを飛び、最新型では狙った目標から5メートル以内の命中精度を持つ。1991年の湾岸戦争で投入されて以来、数々の実戦で使用されてきた。湾岸戦争では進攻に先立って、水上戦闘艦と潜水艦から合計288基が連射され、イラクのレーダーシステム、対空ミサイル、それに独裁者の本拠地を叩くのに使われた。

 その命中精度の良さから、たとえば金正恩の潜んでいる場所や、北朝鮮軍司令部、ミサイル基地などをピンポイントで叩くには、最適な兵器なのである。

 また、価格も1基1〜1.5億円程度と安い。F−2戦闘機で敵基地攻撃をするには1機で120億円かかるが、トマホークなら100基も配置できる。しかも搭載する通常弾頭の破壊力は、F−2に搭載できる爆弾の2倍程度である。したがって、コスト1/100で破壊力2倍、コストパフォーマンスは200倍となる。

■7.トマホーク800基による報復的抑止力
 このトマホークを海上自衛隊の艦船に800基ほど配備し、北朝鮮が我が国にミサイルを撃ち込んだら、それを一斉に発射して金正恩の生命はない、と分からせて、報復的抑止力を働かせよう、というのが北村氏の提案なのである。この提案は優れた実現可能性を持っている。

 まず、現在の海上自衛隊の水上艦、潜水艦の発射装置はトマホークと互換性があり、ハードはそのまま使用できる。ソフトとしてトマホーク攻撃計画システムと発射制御管制システムを導入するだけで良い。

 装備できる水上艦・潜水艦も十分だ。合計で最大で1132基のトマホークが装備できる。たとえば「あたご型」自衛艦は2隻で各96基、「こんごう型」4隻で各90基、等々、各型合計で27隻ある。

 トマホークの最大射程距離は1700キロなので、日本海側はもちろん太平洋側沿岸を航行する艦艇から発射しても、北朝鮮全域をカバーできる。

 破壊力も十分である。トマホーク1基で1000ポンド爆弾1発分の破壊力を持つが、これは北朝鮮のノドンやスカッドの半分である。したがって、ノドンやスカッドを100基、撃ち込まれた場合、トマホーク200基で同等、800基を撃ち返せば「4倍返し」となる。

 しかも、飛来した北朝鮮ミサイルの相当数は迎撃ミサイルで撃ち落とせることを考えれば、ミサイルの撃ち合いでは北朝鮮は到底、分がない、という事になる。

 コストも圧倒的に安い。前述のようにトマホークは1基1〜1.5億円程度なので。800基配備しても1千億円ほど、年間防衛費の約2%程度でしかない。

■8.対シナ防衛にも有効
 この構想は対シナ防衛にも有効である。シナはかつてアメリカ政府にトマホークを日本に移転しないようロビー活動をしていた、という情報がある。それだけ真剣に巡航ミサイルの脅威を受け止めているのであろう。巡航ミサイルの優れた点は相手国の一般国民への被害は最小限にして、独裁者だけを脅かす事ができることだ。

 北村氏は、「日本の技術力のすべてを投入すれば、最大射程距離2500キロで最高巡航速度マッハ2を超える巡航ミサイルの開発に成功する可能性は十分にある」と言う。これが実現すれば、陸上を自在に動き回れる発射装置により、北海道から沖縄までどこからでもシナ本土を射程に含めることができる。

 こうした通常戦力による報復的抑止力を持つことで、現在、日本は「防御」機能しか持っていない日米同盟の片務性を相当程度解消して、米国とより対等な安全保障体制ができるであろう。

 さらに、この巡航ミサイルを台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシアなどにも供与し、攻撃目標のデータを共有化する情報システムでも作れば、シナの独裁者たちの首根っこを押さえる事ができるだろう。
(文責:伊勢雅臣)

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)

1. 西岡力「北朝鮮は核ミサイルを使うために開発している」、『正論』H28.4

2. 北村淳『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』★★★、講談社+α新書、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4062728893/japanontheg01-22/

尖閣諸島は歴史的に日本領土を証明
2017/05/12
尖閣上陸 琉球王族が最古の1819年に 資料報告書盛る
毎日新聞 5/12(金) 20:10配信


尖閣諸島の(手前から)南小島、北小島、魚釣島=2010年11月、西村剛撮影

 政府は12日、2016年度の沖縄県・尖閣諸島と島根県・竹島に関する資料調査報告書を公表した。尖閣諸島に1819年に琉球王族が上陸したとされる資料を盛り込んだ。1845年の英国人による最古の上陸記録を26年さかのぼるものだとしている。

【空から見た1970年の尖閣諸島】

 尖閣諸島が歴史的にも国際法上も日本固有の領土なのは明らかだと裏付ける資料として政府は評価。松本純領土問題担当相は12日の記者会見で「客観的な証拠を内外に発信するのがわが国のやり方だ。今後も調査を継続していく」と述べた。

 報告書に盛り込んだ上陸記録は、沖縄県立図書館所蔵の那覇市史に収録された「琉球の系図家譜」で見つかった。琉球王族が1819年に「魚根久場島」と呼ばれる島に漂着し、湧き水を探した記述がある。この島が尖閣諸島の一部とみられるという。

 明治政府が尖閣諸島を日本に編入した1895年から70年以上さかのぼる上陸記録で、政府は「編入前から日本人が尖閣諸島に継続的に関わりを持っていたことを示す資料だ」(内閣官房)と説明している。

 政府は各地の図書館や公文書館などが所蔵する領有権に関する資料や文献を調査。2015年から毎年、重要と判断した資料を盛り込んだ報告書を公表している。今回は尖閣諸島に関する資料約330点、竹島に関する資料約340点を調査した。【竹内望】

【関連記事】<沖縄・尖閣諸島:中国地図に日本語名「尖閣」>
最終更新:5/12(金) 22:00

沖縄・尖閣諸島:中国地図に日本語名「尖閣」 1969年発行の一部、外務省HP掲載
2015年03月17日
中国で1969年に出版された地図

日本人は米英情報ピラミッドしか知らない
2017/04/18
Japan On the Globe(884)■ 国際派日本人養成講座■H27.01.25より転送
Common Sence:国際社会は嘘ばかり
〜 北野幸伯『クレムリン・メソッド』を読む
 アメリカ、中国、ロシア等々、それぞれが自国の戦略に沿ったプロパガンダで国際社会を騙している。

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(伊勢雅臣)北野幸伯氏の『クレムリン・メソッド』の4刷が出ます。アマゾンでもカスタマー・レビュー46件、5つ星評価で4.7点の高い評価がされています。

 2年以上も前の国際情勢に関する本がいまだに売れ続けている、ということは、この本に書かれている国際情勢の読み方がいかに本質をついたものか、を示しています。この本を紹介した以下の弊誌記事を現在、読み直しても、いささかも古びていません。

 わが国を巡る国際情勢も、トランプ大統領の登場、シナの強硬な東シナ海、南シナ海進出、そして北朝鮮のミサイル実験と、いよいよ難しさを増していますが、弊誌読者にもぜひこの本から、日本国民としての国際情勢の読み方を学んでいただきたいと思います。
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■1.中国の「平和的台頭」という嘘
 2010年に起きた尖閣諸島における中国漁船体当たり事件は、日本中を震撼させたが、その2年前に「尖閣諸島から日中対立が起こる」ことを予測した識者がいる。本誌にもたびたび登場いただいているモスクワ在住の国際関係アナリスト北野幸伯氏である。

 氏の最新著「日本人の知らない『クレムリン・メソッド』世界を動かす11の原理」[1]では、なぜそういう予測ができたかの種明かしをしている。

 それは簡単なことで、「アメリカが撤退した後に、中国が何をしたのか」に関する事実を見てみればすぐに分かるという。

(1) 1973年にアメリカは南ベトナムから撤退。翌1974年1月、中国は西沙諸島の南ベトナム実効支配地域に侵攻し、占領。その後、同諸島に滑走路や通信施設を建設。

(2) 1992年、アメリカ軍はフィリピンのスービック基地、クラーク空軍基地から撤退。1995年1月、中国はフィリピンが実効支配していた南沙諸島ミスチーフ環礁に軍事監視施設を建設し、そのまま居座った。

 要は、中国は米軍が後退した真空地帯にはすぐに侵出する、という事実である。尖閣諸島も当時、米軍が日米安保の対象にするかどうか明確にしておらず、また民主党政権の弱腰もあって、軍事的には真空地帯であった。

■2.『国益』のために国家はあらゆる『ウソ』をつく

 中国は口先では「平和的台頭」などと言っているが、「国益のために、国家はあらゆるウソをつく」というのが、国際社会の原理であり、それを見破るためには、「真実は、言葉ではなく行動にあらわれる」というのが、氏の考え方だ。

 中国の「平和的台頭」に呼応するように、日本国内でも「沖縄に米軍基地はいらない」「平和憲法を守っていれば戦争は起きない」などと言う人がいまだにいる。そういう嘘に騙され続けたら、我々の子孫はベトナムやフィリピンのみならず、チベットやモンゴル、ウィグルのような目に逢うかもしれない。

 それを避けるためには、こういう嘘を見破るだけの見識を我々は持たなければならない。

 北野氏はロシアの外交官や情報員を養成するモスクワ国際関係大学を日本人として初めて卒業しており、国際政治の嘘を見破る方法を今回「クレムリン・メソッド」として説いている。そのさわりを紹介したい。

■3.「世界のすべての情報は「操作」されている」

 前節の「国益のために、国家はあらゆるウソをつく」というのが、クレムリンメソッドの第7の原理だが、それに続く第8の原理が「世界のすべての情報は操作されている」だ。

 世界にはいろいろな「情報ピラミッド」があり、その国の国民や世界に対して、都合のよい情報を流すというプロパガンダを行っている。

「米英情報ピラミッド」では、「米英に都合のよい情報」が流される。
「中共情報ピラミッド」では、「中国共産党政府に都合のよい情報」が流される。
「クレムリン情報ピラミッド」では、「ロシア政府に都合のよい情報」が流される。

 日本人は「米英情報ピラミッド」しか知らないので、そのプロパガンダに騙されやすい。しかし、たとえば、「クレムリン情報ピラミッド」がどんな情報を流しているか調べてみれば、両者の食い違いから、世界の実態がよりよく見えてくる。

 たとえば昨年3月のロシアによるクリミア併合は、欧米そして日本では「ウクライナ領クリミア自治共和国とセヴァストポリ市を、ロシアが武力を背景に併合した国際法違反」と言われている。

 しかし、クレムリン情報ピラミッドでは「クリミアは1783年から1954年までロシアに属していたロシア固有の領土」であり、「クリミアで住民投票が実施され、97%がロシアへの編入を指示したから」と一蹴する。

 そして「欧米は2008年、コソボ自治州がセルビアから一方的に独立するのを支持したではないか? コソボが合法なら、なぜクリミアは違法なのか?」と反論する。

 こうした二つの対立する「情報ピラミッド」を比較すれば、その矛盾から、どちらが嘘をついているか、見えてくる。これが北野氏の強みであろう。

■4.「世界の『出来事』は、国の戦略によって『仕組まれる』」

「中共情報ピラミッド」から流されているのが、「日本の軍国主義復活」「日本は第二次大戦の結果を覆そうとしている」「日本は中国から釣魚諸島(尖閣諸島)を盗んだ」などというプロパガンダだ。北野氏は次のようなロシアからの報道を紹介している。

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 中国の著名な専門家は、中国と同様、日本と領土問題を抱えるロシアと韓国に対し、反日統一共同戦線を組むことを呼びかけた。
(中略)

 郭氏(上記の専門家)は対日同盟を組んでいた米国、ソ連、英国、中国が採択した一連の国際的宣言では、第二次大戦後、敗戦国日本の領土は北海道、本州、四国、九州4島に限定されており、こうした理由で日本は南クリル諸島、トクト(竹島)、釣魚諸島(尖閣諸島)のみならず、沖縄をも要求してはならないとの考えを示した。[1,p294]
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 中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めたのは1971年であり、第2次大戦とはまったく関係がないので、上記の主張は完全な嘘である{C]。おそらく言っている本人も、そんな事は百も承知だろう。知っていながら、平然と嘘を流すのがプロパガンダである。

 しかも、中国は尖閣諸島だけでなく、沖縄への野心を持っていることをこの発言は示している。尖閣と沖縄を中国が握れば、中国海軍は太平洋に自由に侵出できるようになり、米軍はグアムまで後退して、西太平洋は「中国の海」となる。

「中国の海」に浮かぶ日本列島は、資源輸入のシーレーンを支配されて、中国の属国とならざるをえない。中国は日本の富と技術を自国のために使えるようになる。そうすれば、アメリカにも十分対抗できる覇権を確立できるのである。[a,b]

「世界の出来事は、国の戦略によって仕組まれる」とは、クレムリン・メソッドの第9の原理である。中国漁船体当たり事件も中国の太平洋侵出という戦略の一環である。


■5.「戦争とは、『情報戦』『経済戦』『実戦』の3つである」

 続く第10の原理が「戦争とは、情報戦、経済戦、実戦の3つである」。武士道の伝統を持つ日本は、戦争と言えば、武器を持って戦う戦闘という先入観がある。その「実戦」の前に、相手を周囲から孤立させる「情報戦」、相手の経済力を弱める「経済戦」がある。孫子を生んだ中国人は「戦わずして勝つ」ことを目指す「情報戦」が得意である。

 北野氏は、先の大戦での我が国の敗戦は、日本が孤立してアメリカ、イギリス、中国、ソ連と戦った点にあるとして、その起点を1932年11月、「満洲国問題」を検討する「国際連盟理事会」に求める。

 この理事会で中国側代表は、すでに「偽書」と判明している「田中メモリアル」の有名な一節を読み上げた。1927年に当時の田中義一首相が天皇陛下に上奏した、とする偽文書である。

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 シナを制服せんと欲せば、先ず満蒙を征せざるべからず。世界を制服せんと欲せば、必ず先ずシナを制服せざるべからず。
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 このプロパガンダが奏功して、翌1933年2月の国際連盟総会では満洲国建設の是非に関する採決が行われ、42カ国が反対、賛成は日本だけ。激怒した日本は国際連盟を脱退した。この後、日本は中国全土で「日貨排斥」という経済戦争を仕掛けられる。[d]

 現代中国の仕掛ける「南京大虐殺」「日本軍国主義」「靖国参拝」「魚釣諸島」など対日批判は「情報戦」であり、日本企業をターゲットにした暴動やキーマテリアルの対日禁輸は「経済戦」である。戦前も戦後も中国のやる事は変わらない。「戦争はもう始まっている」と北野氏は指摘する。

■6.慰安婦問題は中国の対日情報戦の傑作

「慰安婦」問題も中国の仕業で、表だって動いている韓国は「中国の操り人形」だと、米国の著名なジャーナリスト、マイケル・ヨンが指摘している。

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 グレンデール(JOG注: 慰安婦像が建てられた米国の市。日系市民を中心に像撤去の裁判を起こしている)で起きた裁判の訴状を見ると、グローバル・アライアンス(世界抗日戦争史実維護連合会)が姿を見せています。この組織は在米中国人を中心とし、中国政府との協力も密接です。慰安婦問題ではこの中国の動きこそが核心なのです。[2]
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 マイケル・ヨン氏は、米政府が8年もかけた日独の戦争犯罪に関する調査で、日本の戦争犯罪に関する14万2千ページの未公開・秘密公文書でも慰安婦の強制連行を裏付ける史料は一点も発見されなかった事を指摘している。[3]

「慰安婦」問題は、次の目的にかなう情報戦の傑作である。

- 韓国内の反日運動を盛り上げ、同時に日本国内でも執拗な韓国の執拗な攻撃に反韓ムードを盛り上げる。

- 米国で日本の「戦争犯罪」をアピールし、日米関係にひびを入れる。

 すなわち「慰安婦」攻撃は、韓国を中国陣営に引き入れ、米国を日本から遠ざけ、日本を孤立させるための「情報戦」なのである。

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 中国情報ピラミッドに日本国内で内通しているのが、朝日新聞などの偏向マスコミだ。この問題については、今までの弊誌記事をまとめた週刊メール入門講座「国民を欺く捏造報道」で紹介しているので、参照ください。
http://blog.jog-net.jp/201501/article_1.html
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■7.「『日本』情報ピラミッドは存在しません」

 こういう中国の「情報戦」にどう応戦するか。「慰安婦」問題については、河野談話の検証がなされ、日本軍が強制連行したという事実は一切、見つかっていない事が再確認された。自ら「慰安婦強制連行をした」という吉田清治の証言が嘘であったことを、朝日新聞もようやく認めた。

 上記のマイケル・ヨン氏の紹介した米政府調査とあわせて、今後、日本政府や民間が粛々と事実を発信していけば、「慰安婦問題」はプロパガンダだったということが判明するだろう。

 ただ、これは「慰安婦問題」という「中共情報ピラミッド」からの攻撃の一つをかわしたというだけで、防戦だけでは勝てない。北野氏も「『日本』情報ピラミッドは存在しません」[1,p260]と言っているが、情報戦においても「専守防衛体制」しか、持っていない点が、我が国の最大の弱点なのである。

 日本情報ピラミッド、それもプロパガンダではなく、事実と良識に基づいて、国際社会が共感、納得できるような歴史観、世界観を発信する必要がある。こうした日本情報ピラミッドによって、日本人も世界の人々も、中共情報ピラミッドの嘘を見抜けるようにすることが、情報戦争に勝ち、中国の属国に転落する道を避ける戦略である。


■8.「日本の自立」は、『私の自立』からはじまる

 日本情報ピラミッドのひな形はすでにある。それは「日本はソ連や中共の全体主義の防波堤として戦ってきた」という史観である。これはアメリカ共和党陣営の中で脈々と伝えられている「第2次大戦でアメリカは戦う相手を間違えた」という史観に通ずる。

 現在の「アメリカ情報ピラミッド」は民主党系のマスコミが握っているので主流にはなっていないが、第2次大戦中の資料の公開が進み、次第にこの史観が力を得ている。

 すでに弊誌で何回か紹介したが、そのあらましを述べれば、

(1) ルーズベルト政権内にソ連スパイが多数潜入しており、ハル・ノートなどで日本に無理矢理、開戦させるように仕向けた[d]。(日本側でも、尾崎秀實らソ連スパイが日本と蒋介石を戦わせるよう世論工作をしていた[e])

(2) 日本敗北後も、米政府の中に、蒋介石の足を引っ張り、中国大陸が中国共産党の手に落ちるにを助けた人物がいた[f]。

(3) ソ連・中共は朝鮮半島全域の共産化を狙って朝鮮戦争を引き起こしたが、防波堤だった日本を破ってしまった事により、アメリカは直接、戦わねばならなくなった。[g]

 この史観から見れば、現在も日米同盟が中国に対する「防波堤」となっていることが容易に見てとれる。この史観を、日本国民が自らの頭でしっかりと理解・納得していく事ができれば、現代日本を欺いている中共やアメリカの情報ピラミッドから自立できる。

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「日本の自立」は、『私の自立』からはじまる[1,P348]
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 北野氏は、これがこの本を書いた理由だと語っているが、まさに同感である。

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(481) 中国、太平洋侵出の野望 〜 西太平洋を「中国の海」に
 日本を「中国の海」に浮かぶ孤島列島にするのか。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h19/jog481.html

b. JOG(641) 太平洋侵出を狙う中国の「悪の論理」
 米中で太平洋を分割管理する構想を中国はアメリカに提案した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h22/jog641.html

C. JOG(152) 今日の南沙は明日の尖閣
 米軍がフィリッピンから引き揚げた途端に、中国は南沙諸島の軍事基地化を加速した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog152.html

d. JOG(116) 操られたルーズベルト
 ソ連スパイが側近となって、対日戦争をそそのかした
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog116.html

e. JOG(263) 尾崎秀實 〜 日中和平を妨げたソ連の魔手
 日本と蒋介石政権が日中戦争で共倒れになれば、ソ・中・日の「赤い東亜共同体」が実現する!
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog263.html

f. JOG(441) 中国をスターリンに献上した男
 なぜ米国は、やすやすと中国を共産党の手に渡 してしまったのか?
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog441.html

g. JOG(281) 金日成 〜 スターリンのあやつり人形
 スターリンは、朝鮮人のソ連軍大尉を伝説の英雄・ 金日成に仕立て上げ、朝鮮戦争を仕掛けた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h15/jog281.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1.北野幸伯『日本人の知らない「クレムリン・メソッド」世界を動かす11の原理」★★★、集英社インターナショナル、H26

http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4797672811/japanontheg01-22/

2.マイケル・ヨン、古森義久「慰安婦問題はフィクションだ」、『Voice』、H27.2

3.産経新聞、H28.11.27「米政府の慰安婦問題調査で「奴隷化」の証拠発見されず…日本側の主張の強力な後押しに」
http://www.sankei.com/world/news/141127/wor1411270003-n1.html

朝日新聞と渡部昇一の40年戦争
2017/04/02
Japan On the Globe(998)■国際派日本人養成講座■H29.04.02■より転載
 Media Watch: 朝日新聞と渡部昇一の40年戦争

 40年前の論壇デビュー作で渡部昇一氏が剔抉(てっけつ)した朝日新聞の宿痾(しゅくあ)は今も変わらない。

■1.『朝日新聞』の「未必の故意による殺人」
 一昔前の朝日新聞の横暴さを表す、こんな事件があった。
__________
 一九八〇年九月には、同志社大学のー教授が『朝日新聞』等の報道のために自殺するという事件が起きていました。教授が嘱託医をしている会社の女子従業員が、催眠療法による治療中に教授にイタズラされたと新聞社に訴えたのです。

 もし破廉恥行為があったというならば、警察に訴え、裁判の場で教授にも弁明の機会を与え、裁判官が事の真偽を判定するのが法治国家というものです。

 ところが少女はその手続きをせずに記者会見を行ない、記者たちはそれを大活字で、しかも実名で報道したのです。教育関係者ならば、これで一巻の終わりです。教授は「死して潔白を証明する以外にない」と自殺しました。・・・

 この事件は、『朝日新聞』の「未必の故意による殺人」と言つてよいと思います。[1, p59]
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 新聞が「第4の権力」と言われるのも、こうした力からである。だからこそ新聞記者は徹底的な事実の検証が求められるのだが、特定の思想を説くのに性急な朝日には事実追求の姿勢が欠けている、とは、朝日新聞の元記者の方々が語るとおりである。[a,b]

 このような朝日の横暴に単騎立ち向かってきたのが、渡部昇一氏だった。今日は多くの論客が立ち上がって朝日の虚報・誤報に集中砲火を浴びせるようになったが、こうした状況は、渡部昇一氏の40年来の戦いが切り拓いてきたものである。

 氏が朝日を批判してきた内容を見ると、真の報道機関とはどのようにあるべきかが、よく分かる。

■2.朝日新聞との戦いから始まった渡部氏の言論人としての経歴
「言論人としての私の経歴は、『朝日新聞との戦い』から始まったのです」と氏は書き出す。

 欧州留学から帰国して、ある会合で文藝春秋社の月刊誌『諸君!」の編集長・安藤満氏と知り合い、杉村楚人冠(そじんかん)の『最近新聞紙学』の書評を依頼された。杉村楚人冠は明治時代に朝日新聞に勤め、外遊中に欧米の新聞事情を研究した人物である。

__________
 しかし、読んで感心しているうちに、「ひるがえって、今の朝日新聞はどうしたのだろう」という疑問が湧いてきました。なぜなら、楚人冠がそこで「戒むべし」としていることばかりを朝日新聞はやっているという印象を受けたからです。[1, p15]
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 原稿を書き始めると、筆が止まらなくなってしまい、二百字詰め原稿用紙70枚におよぶ朝日新聞批判になってしまった。安藤編集長は一読するなり「面白い!」と言って、『諸君!」昭和48(1973)年11月号の巻頭論文として掲載した。これが氏の論壇デビュー作となった。

■3.「朝日新聞の宿痾(しゅくあ)」
 楚人冠の本には次のような一節がある。

__________
 新聞記者が材料を集め、又は紙面を整うる時に、利害の打算をしたり、親疎の別を立つることは、最も戒むべき点である。故意に不実の事を捏造するのも罪悪であるが、公けにすべき事実を差し押えて公けにせぬのも罪悪たることは、相同じ。「いかなる大記者もニュースを差し押うることを得ず」("No editor can suppress News")という言葉がある。[1, p22]
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 ちょうど、この「公けにすべき事実を差し押えて公けにせぬ」罪悪を犯したのが林彪事件報道だった。1971(昭和46)年、シナ共産党副主席・林彪が毛沢東暗殺を計画したが事前に発覚し、航空機で国外脱出したが、搭乗機がモンゴルで墜落し、死亡した。

 シナ政府はこの事件をひた隠しにしたが、その後2ヶ月近くも林彪がニュースに登場しなくなったため、何か重大な政変があったのではないか、との観測が世界中に広まった。

 朝日は当時、シナ政府から睨まれるような記事を控えることで、日本の新聞の中では唯一、北京に特派員を置いていた。この事件もシナの意向に沿って、政変の観測を否定し続け、8ヶ月後、毛沢東が直接、事件を語った後にようやく「これが林彪事件の真相」と題して発表したのである。

 当時の朝日の広岡社長は、朝日だけでも特派員を置いておくために「向こうのディメリットな部分が多少あっても目をつぶる」という趣旨の発言を社内でしたと伝えられていた。まさに「利害の打算」で、公にすべき事実を差し押さえたのである。[c]

 逆に「故意に不実の事を捏造する」罪悪も、南京事件の「百人斬り」報道[d]などで行われていた。その後の教科書誤報事件(後述)や「従軍慰安婦」報道[e]も同様である。

__________
「四十年戦争」の緒戦において、私は朝日新聞の宿痾(しゅくあ)を杉村楚人冠の原則に従って、すでに剔抉(てっけつ)していたと自負しています。[1, p29]
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■4.会った事もない相手との論争を捏造される
 この緒戦以降、朝日は氏を言論界から抹殺する機会を狙っていたようだ。その機会は氏が『週刊文春』昭和55(1980)年10月2日号に「神聖な義務」というエッセイを掲載した時にやってきた。

 作家の大西巨人氏の第一子、第二子が遺伝性の病気で、「一ヶ月の医療費1500万円の<生活保護家庭>大西巨人家の<神聖悲劇>」という週刊誌報道を呼んで、氏はカトリックの伝統的な立場から、こういう場合は第二子を生まないと決心するのが道徳的行為であるという趣旨の主張をした。

 このエッセイを見て、朝日の社会部記者が尋ねてきて、「どうしてこんなものを書いたのか」と詰問したうえ、「大西さんは反論を書くと言っているから、大変な論争になるかもしれませんよ」と脅す。その翌朝の朝日新聞の社会面で、大きな記事が出た。

__________
 特大の活字で「大西巨人氏vs渡部昇一氏」という見出しが掲げられ、私と大西氏との間で劣悪遺伝の問題をめぐって論争が展開されたことになっていたのです。社会面の三分の一ぐらいのスぺースでした。そして見出しだけを読むと、私が「劣弱者を消してしまえ」と主張するヒトラー礼賛者であるかのような印象を与える紙面になっているのです。

 天下の『朝日新聞』の社会面で三分の一以上のスぺースを使つて、大活字をふんだんにちりばめて報道されれば、誰だって大事件だと思うに違いありません。[1, p50]
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 氏は会った事もない大西氏と論争したことにされて、しかもヒットラーばりの「劣弱者を消してしまえ」と発言したかのような記事を朝日は捏造したのである。

 氏はある知人から「朝日にいる友人から聞いたのですが、『朝日新聞』の編集部の壁には“渡部昇一はこの線で叩く”という意味の貼り紙がしてあるそうですよ。だから気をつけなさい」と忠告された。ここまでくると、報道機関というよりは、敵を叩くためのプロパガンダ機関である。

■5.障害者団体と同和団体が授業妨害

 これを契機に、ある障害者団体と同和団体が、氏の上智大学での授業に押しかけてくるようになった。週6コマほどのすべての授業で妨害を受け、それが夏休み前後に4ヶ月も続いた。また、大学構内の目立つ場所に「渡部教授を批判する」という巨大な看板を立てた。

 彼らは渡部氏を「ヒットラー礼賛者」などと攻撃したが、学内では氏がナチズムもヒトラーも批判しており、かつカトリックとして妊娠中絶に反対していることも衆知の事実だった。

 結局、氏は発言の訂正や謝罪を一切することなく、この騒動を乗り切った。他の大学では、こうした場合に教師が辞職に追い込まれたり、大学に「思想改善のための講習費」などの名目で金銭を要求されるケースもあった。氏が発言の訂正も謝罪もなく乗り切ったのは希有なケースとして、他大学から上智大学に「対応方法を教えて欲しい」との問合せがあった。

 しかし学校関係からの氏への講演依頼は一切なくなった。「朝日新聞に叩かれた人間だから、招くのはやめておこう」ということだったようだ。学校関係者の間で、いかに朝日の影響力が大きいか、氏は改めて思い知った。

■6.「教科書誤報問題」

 翌昭和57(1982)年には、渡部氏は「教科書誤報問題」で朝日と戦った。これは前年の歴史教科書検定で、文部省が「侵略」を「進出」と改めさせた、という報道が6月26日に一斉にされたのが始まりだった。朝日は1面で「教科書さらに『戦前』復権へ」「『侵略』表現弱める」と報じた。

 さらに同日、北京支局発として「教科書検定問題に関する中国政府の申し入れ内容」を掲載した。さっそく、シナにご注進に及んだようだ。

 この事件の詳細は[f]で紹介したが、「侵略」を「進出」に書き換えさせた事実はなかった。7月30日には文部大臣が参議院文教委員会で「『侵略』を『進出』に書き改めた例はない」と明言したが、小さく議事要録のように報道されただけだった。

 渡部氏が8月22日にテレビで誤報である事を明らかにすると、8月25日朝刊で朝日は訂正記事を出した。訂正と言っても五段抜きの見出しで「『侵略』抑制、30年代から一貫−−教科書検定」と題して、全315行のうち、わずか15行で、文部省の7月30日の発言は事実と認めただけだった。よほど注意して読まないと、訂正記事とは気がつかない。

 朝日は7月30日の文相発言を事実と知っていたのに、約1ヶ月素知らぬ顔をしていた。その間、シナ政府はさんざん日本政府に抗議をしていたのである。さらに誤報は海外にまで伝わって、日本政府がさも偏向教育をしているかのように報道された。

■7.「まともな議論のできる記者を養成してもらいたい」

 昭和58(1983)年10月12日、田中角栄・前首相(当時)がロッキード社から多額のリベートを受けとったという容疑に関して、東京地裁は有罪判決を下し、角栄は即日控訴した。これに関して朝日新聞は元最高裁長官のインタビュー記事を載せ、「一審の重み知れ 居座りは司法軽視 逆転無罪あり得ない」との見出しをつけた。

 元最高裁長官ともあろう人が、三審制を否定し、当人の裁判を受ける権利を否定している事に、氏は「そんなことを言えば最高裁の自殺じゃないか」と思った。しかも調べて見ると、東京地裁では贈賄したロッキード社側の最重要証人に免責特権を与えて調書をとり、しかも弁護側の反対尋問を拒否している。

 日本では免責を与えて、証言をとるという事は法律上許されていない。しかも、その証人に反対尋問をさせない、ということは、何を言っても罪に問われないし、弁護側はその嘘を暴くチャンスもない、という事だ。氏は、東京裁判でさえ反対尋問は許されていたことから、「『角栄裁判』は束京裁判以上の暗黒裁判だ!」という論文を『諸君』に発表した。

 これを批判したのが、『朝日ジャーナル』での「“知的ピエロ”」
渡部昇一の歪んだ角栄擁護論」という匿名批評による個人攻撃だった。朝日は角栄を有罪にしたいがために、元最高裁長官の居座りは司法軽視」などという三審制無視のインタビューを載せ、不法な裁判手続きを批判した渡部氏に個人攻撃を加えたのである。渡部氏は『文藝春秋』でこう反撃した。

__________
『朝日新聞』ぐらいは、嗤(わら)うべき人身攻撃でなく、まともな議論のできる記者を養成してもらいたい。そして私の角栄裁判批判の内容に立ち入った批判をしてもらいたいものである。

そうすれば、私の書いていることは角栄擁護論ではなく、日本の「司法の犯罪」に関するものであって、「こんな裁判が判例になったのではたまったものでない」という、国民だれにもかかわりある立場からのべたものであることはすぐわかるであろう。[1, p103]
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 最高裁では角栄は他の証拠により有罪とされたものの、免責特権で得た、しかも反対尋問を拒否した調書の証拠能力は否定された。氏の指摘の正しさは最高裁でも認められたのである。

■8.「利害の打算をしたり、親疎の別を立つる」プロパガンダ機関

 渡部氏の朝日との戦いは「南京大虐殺」や「従軍慰安婦問題」と続いていく[g]。この頃には渡部氏の戦いに呼応して、多くの言論人が朝日新聞批判に立ち上がっていった。

 氏が40年間戦って来た朝日の欠陥は楚人冠の指摘した「故意に不実の事を捏造するのも罪悪であるが、公けにすべき事実を差し押えて公けにせぬのも罪悪」という点に尽きる。

 そして、それは共産主義という自らの理想への「利害の打算」をし「親疎の別を立つる」という所から来る。こういう「利害」や「親疎」は、特定の思想を押し売りしようという「私心」である。私心を持ったマスコミはプロパガンダ機関である。真の報道機関は、そのような私心を離れて、事実を追求し報道しなければならない。

 渡部氏が最初の論文で紹介した楚人冠の言葉こそ、報道機関とプロパガンダ機関を分かつ原則である。朝日のプロパガンダ機関としての宿痾は、今も変わっていない。こうしたプロパガンダ機関から自由民主主義社会を守るために、渡部氏の40年戦争は今後も心ある国民が引き継いでいかなければならない。
(文責:伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(926) 朝日新聞、マスコミ界の北朝鮮 〜 永栄潔『ブンヤ暮らし三十六年』から
 真っ当な報道記者は、こうして排除されていく。
http://blog.jog-net.jp/201511/article_4.html

b. JOG(989) 朝日の「真実」、ブンヤの「事実」 〜 長谷川熙『崩壊 朝日新聞』より
「何より事実を追求するという記者のイロハがこの新聞社から消滅していたのだ」
http://blog.jog-net.jp/201702/article_2.html

c. JOG(042) 中国の友人
 中国代表部の意向が直接秋岡氏に伝わり、朝日新聞社がそれに従うという風潮が生まれていた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog042.html

d. JOG(028) 平気でうそをつく人々
 戦前の「百人斬り競争」の虚報が戦後の「殺人ゲーム」として復活した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog028.html

e. JOG(890) 朝日新聞の「従軍慰安婦」報道小史
「私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」という朝日新聞の「姿勢」とは?
http://blog.jog-net.jp/201503/article_3.html

f. JOG(044) 虚に吠えたマスコミ
 教科書事件での中国と朝日の連携
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_2/jog044.html

g. JOG(913) 「歴史戦争」を斬り返す 〜 渡部昇一『歴史の授業』から
「我々の子孫にそんな思いをさせては、いかんのですよ」との思いで、85歳の老碩学が「歴史戦争」を戦っている。
http://blog.jog-net.jp/201508/article_5.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 渡部昇一『朝日新聞と私の40年戦争』★★★、PHP研究書、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/456982353X/japanontheg01-22/

朝日の真実とブンヤの事実
2017/02/13
■Japan On the Globe(989)■国際派日本人養成講座■H28.02.12より転載

Media Watch: 朝日の「真実」、ブンヤの「事実」
長谷川熙『崩壊 朝日新聞』より

「何より事実を追求するという記者のイロハがこの新聞社から消滅していたのだ」

■1.「ジャーナリスト」と「ブンヤ」の違い

 本誌にも登場いただいた朝日新聞OBで『ブンヤ暮らし三十六年 回想の朝日新聞』の著者・永栄潔氏[a]が、最近の対談本『こんな朝日新聞に誰がした?』[1]で、面白い発言をしている。

 朝日新聞綱領に「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」とは言っても、「事実」という語は一切ないとして、こう指摘する。

__________
 日本には、社会や歴史の「真実」を読者に伝えようとするいわゆるジャーナリストと、「事実」をできるだけ正確に伝えたいと願っているブンヤと、二種類の記者がいる。思うに、・・・朝日には前者型が多い。[1, p189]
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 対談の相手は、同じく朝日OBの長谷川熙(ひろし)氏で、その発言に、朝日にもこんな硬骨漢の「ブンヤ」がいたのか、と驚かされた。

 取材時間が限られた新聞記事では、事実の誤りはどうしても避けられず、長谷川氏はその都度、訂正を出してきたが、それが出来なかったケースが二つあるという。一つはある事実の年月日が取材相手の記憶違いで間違っていたこと、もう一つは長谷川氏自身の確認不足で、自殺したある県庁役人のその時点の肩書きが違っていたこと。

 前者は過ちが分かったのが記事掲載からだいぶ経っていたこと、後者は、副編集長からその程度の違いなら、と訂正が見送られたのだが、長谷川氏は今にいたるも、その間違いについて苦しい思いが消えないという。[1, p230]


■2.「虚報を裏付けも取らずに紙面に載せ続け」

 これほどの職人気質のブンヤ長谷川氏にとって、平成26(2014)年8月5日の朝日新聞朝刊の「従軍慰安婦」記事取消し[b]は、どうにも許せない事だったようだ。こう断言する。

__________
 内外に深刻な影響を及ぼしてきたその虚報を、そもそも裏付けも取らずに紙面に載せ続け、その報道に各方面から疑問が高まってからも長く放置してきたことに一言の詫びもなく、問題は、長年にわたり報じてきた官憲の強制連行ではなく、慰安婦が存在したというそのことであると話をすり替え、開き直っていたのである。

 この威張り返った、そして物事をごまかす態度に愕然(がくぜん)とした。・・・この八月五日をもって最終的に新聞の実質は終わった、崩壊した、と感じた。[2, p1]
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 しかし「大地震が発生するのも、それを引き起こす歪(ひず)みが地殻に蓄積しているから」で、その「長年の歪み」を解明するために丹念に事実を追ったのが著書『崩壊 朝日新聞』である。氏はそこから朝日の本質をあぶり出していく。


■3.「ただの一度たりと現地での裏付けを取ろうともせず」

「従軍慰安婦」問題の発端は「慰安婦強制連行」の「動員指揮官」だったという吉田清治の証言だ。その内容は陸軍の西部軍司令部から出された命令書によって山口県労務報告会が朝鮮・済州島で慰安婦狩りをしたというものだが、おかしな点がいくつもあった。

__________
・・・西部軍司令部が、その内容がなんであろうと山口県労務報国会という軍組織でない文民の団体に命令を出す権限はない。しかも、朝鮮内のことは朝鮮総督府が行ない、山口県労務報国会ごときがそこへ出て行って勝手なことはできない。[2, p44]
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 こうした疑問を現代史研究家・秦郁彦氏や、韓国・朝鮮研究家の西岡力氏が提起した。秦氏が現地調査をして、その証言に重大な疑いを投げかけたが、それを無視して朝日は吉田証言を取り上げ続けた。

__________
 それにしても秦、西岡らが不審に思うのは、戦時中のことであろうとかくも異常な事件があったというなら、日本の目の前の土地なのだから、なぜすぐにでもチームなり、一人でも現場に取材に行かなかったのか、ということだ。

また、秦によれば、朝日新聞社の記者は、この関係では、二○一四年八月五日付の検証記事の作成に関連した取材、相談をしにくるまで、かって誰ひとりとして秦に接触してこなかったという。秦は現地調査をしたその当人なのに、である。[2, 47]
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「何より事実を追求するという記者のイロハがこの新聞社から消滅していたのだ」という口吻(こうふん)からは、氏のブンヤ魂から来る怒りが伝わってくる。

そもそも吉田証言が出た当初に現地で「事実」の裏付け調査をしておけば、こんな大誤報は起こらなかった。事実を無視して、「旧日本軍=悪」という「真実」(と朝日新聞が思い込んでいること)を世間に広めようとした所から、何十年にもわたる欠陥報道が発生してしまったのである。


■4.「記者としての変化を知らしめられ、おののいたのである」

 長谷川氏は松井やよりも俎上(そじょう)にあげる。『日本軍性奴隷を裁く女性国際戦犯法廷』[c]の仕掛け人である。この「法廷」とは、昭和天皇以下、計10名を「戦犯」として挙げ、「死人に口なし」の上に、弁護士もつけずに、一方的に糾弾するという、模擬裁判にもなっていない茶番劇だった。

 この松井やよりが実は朝日新聞での長谷川氏の同期で、かつては長谷川氏が産業公害を、松井が農薬害・食品安全問題を追及していた。その頃は二人揃って事実の発掘と報道を懸命に行っていた。

 しかし、長谷川氏が週刊誌『アエラ』編集部に移り、1991年頃、対米英開戦50周年の取材でマレー半島の山奥を訪れた時に、松井の「記者としての変化を知らしめられ、おののいた」。[2, p68]

 当時、松井はシンガポールに駐在しており、戦時中にマレーシア山中で起こった日本軍の「民衆虐殺」について、さかんに記事を書いていた。そして日本兵が放り投げた赤ん坊を銃剣で刺した、という話まで、繰り返し朝日の記事にしていた。


■5.「虐殺は日本軍がやったことにしておきなさい」

 確かに、この地域ではまとまって遺骸が発見されている。事実、日本軍がマラヤ共産党の華人抗日ゲリラが集まった所を急襲して殺害しているが、戦後も華人ゲリラが日本軍に協力したマレー人民衆を相当数、殺害し、マレー人側もその仕返しをしている。さらに再支配を始めたイギリス側も、反英戦に入った共産ゲリラを多数、討伐した。

__________
 それまで、その辺の二、三の屋内での取材で私は、あちこちでまとまって発見された遺骸がなぜ全て日本軍がやったと言えるのか、との旨の質問をしたが、そう伝わっている、そう聞かされている、あるいはそれを子供の時に体験した式の、判で押したような答えしか返されず、全てが日本軍による「民衆虐殺」であることを裏付ける具体的な根拠、証拠は聞かされなかった。[2, p77]
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 その後、取材を終えた長谷川氏に、「聞いて欲しいと言わんばかりの風情」で中年の華人女性が話しかけてきた。

__________
「シンガポールにいるという日本の朝日新聞の女性の記者が、虐殺は日本軍がやったことにしておきなさい、かまわない、と言ったんです」
 そして、その女性記者の名前を「マツイ」と述べた。[2, p76]
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 長谷川氏は松井やよりが告発していた「民衆虐殺」の遺骸については、氏の知る限り、「いかなる法医学上、考古学上の調査も一切なされていない」という事実を確認した。その結果、自身の『アエラ』記事では、この虐殺問題については、一切扱わない事とし、「松井やよりとは正反対の対処となった」。

 松井やよりは定年退職後に、上述の「法廷」を発案し、推進するのだが、これは検事がアメリカ、韓国、北朝鮮などから50名、被害証言者つまり元慰安婦が9カ国から64名と大がかりなものだった。これだけの規模の「法廷」を支える経費は、どこから得られたのか、関係者は「趣旨に賛同した人たちの寄付による」というだけで、収支の明細は明らかにされていない。

 さらに、関係者によると、松井やよりは「法廷」の準備のために北朝鮮にも行っているという。核開発も日本人拉致事件も明白になっていた時点で、北朝鮮とどのような話し合いをしたのかも一切不明である。長谷川氏は得られた事実からここまでしか語らないが、そこから先は誰でも容易に一つの推論に辿り着く。


■6.中ソの人民大虐殺という「事実」を報道しない朝日

 1988(昭和63)年、長谷川氏は『アエラ』の取材で、白ロシアの首都ミンスクを訪れた。1937年から40年にかけてのスターリン時代、当局が一定数の「人民の敵」を処刑したと報告するために、ある区域に住んでいる住民全員を郊外の森に連行して虐殺したのだった。

__________
松林には、遺骸を埋め込んだ大きな穴の窪みが見渡す限り点在していて、私がある窪みを踏んだら、「そこはまだ遺骸が埋まっているかも」と言われ、飛び退いた。・・・ミンスクの松林での、足下の遺骸を通してマルクス主義社会の狂気、非道は直に体感した。

 そのときの私は、コートをまとっていても震えた。[2, p452]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 人口811万人の小国カンボジアでも、200万人に上る大虐殺がなされたとされているが、その直前に朝日新聞の元プノンペン特派員だった和田俊(たかし、故人)は、こう報じている。

__________
 政府権力の委讓も、平穏のうちに行われたようだ。敵を遇するうえで、きわめてアジア的な優しさにあふれているようにみえる。・・・カンボジア人の融通自在の行動様式からみて、革命の後につきものの陰険な粛清は起こらないのではあるまいか。[2, p233]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ソ連やシナ[d,e]を含め、これまでの共産主義国家での人民虐殺の犠牲者数は総計1億人近いと推定されている。そういう「事実」は、朝日の唱える「真実」には都合が悪いので報じられない。

__________
 私は、朝日新聞社のソ連、中華人民共和国に関する報道で一番欠けているのは、この両国で発生した途方もない人民大虐殺、テロの報道、究明であると考えている。

 それに比すればある時期の戦争に伴う日本の「加害」を声高に批判しながらも、中ソのことに関しては声が消えるこの新聞社は、両国のこの大犯罪の、少なくとも道義的には共犯者とみなされるべきではないのか。[2, p215]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■7.ゾルゲ事件で朝日新聞社員も逮捕されていた

 長谷川氏は、さらに歴史を遡って、ゾルゲ事件にもメスを入れている。元朝日新聞記者の尾崎秀實が政府内の情報を、ソ連スパイ・リヒャルト・ゾルゲに渡していた事件である[f]。尾崎はすでに朝日新聞を退職していたが、実は朝日新聞東京本社政治経済部長の田中慎次郎と同部員・磯野清も逮捕されている。

 検事側の情報では、陸軍担当だった磯野は、作戦計画の機密を田中経由で尾崎に流し、この情報を受けた蒋介石軍が待ち伏せして、日本軍に大損害を与えたという。この大敗により、日本軍は国民政府軍を包囲殲滅できず、蒋介石はさらにシナ大陸の奥地に逃げて、戦線膠着を招いた。

 尾崎はあくまで日本軍と国民政府軍を戦い続けさせて、共倒れにさせ、シナ共産党に漁夫の利を与えようとしたのである。

 尾崎は死刑となったが、田中、磯野は釈放された。二人を公判に付したら、陸軍の機密漏洩も表に出るので、それを恐れたのだろう、と長谷川氏は推測している。

 いずれにせよ尾崎秀実は朝日新聞の中の異分子ではなく、戦前から朝日社内にはびこっていた共産主義の「大義」を信ずるシンパの一員だったようだ。


■8.「『大義』の機関紙はアジびらである」

 長谷川氏は、さらに多くの事例を辿りつつ、朝日の体質をこう断ずる。

__________
・・・事実の追求から離れ、陰に陽にマルクス主義の思考にくるまり、従って前出の条件反射(JOG注: 「日本軍=悪」というような思考停止の条件反射)も起こしやすく、世の中、物事を見る視野が非常に狭くなってしまっている・・・こうした精神環境は安易に、一種の集団心理とも思える「大義」なるものを生み出し、それを担ぎ出す。[2, p283]

 ・・・こういう「大義」好きはもう新聞ではないと私は考える。「大義」の機関紙を私は新聞とは呼ばない。なぜなら、「大義」の正体を暴くのが新聞と思っているからだ。「大義」の機関紙はアジびらである。・・・[2, p284]
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「事実」を追う「ブンヤ」は常に自分が間違っているかも知れない、と謙虚に構える。一方、「ジャーナリスト」は「大義」や「真実」を大衆に教えるべく、都合の悪い事実は隠し、都合の良いものは事実かどうかもよく調べずに報道する。

 長谷川氏は持ち前のブンヤ魂をフルに発揮して、朝日の歴史を丹念に辿りながら、朝日は新聞ではなく、「大義」の機関紙、すなわち「アジびら」である、という結論を下しているのである。
(文責:伊勢雅臣)


■リンク■

a. JOG(926) 朝日新聞、マスコミ界の北朝鮮 〜 永栄潔『ブンヤ暮らし三十六年』から
 真っ当な報道記者は、こうして排除されていく。
http://blog.jog-net.jp/201511/article_4.html

b. JOG(890) 朝日新聞の「従軍慰安婦」報道小史
「私たちはこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」という朝日新聞の「姿勢」とは?
http://blog.jog-net.jp/201503/article_3.html

c. JOG(401) 北風と朝日
 ある朝日新聞記者が北朝鮮擁護のために でっちあげ記事を書いたという重大疑惑。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h17/jog401.html

d. JOG(109) 中国の失われた20年(上) 〜2千万人餓死への「大躍進」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog109.html

e. JOG(110) 中国の失われた20年(下) 〜憎悪と破壊の「文化大革命」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog110.html

f. JOG(263) 尾崎秀實 〜 日中和平を妨げたソ連の魔手
 日本と蒋介石政権が日中戦争で共倒れになれば、ソ・中・日の「赤い東亜共同体」が実現する!
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog263.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 長谷川熙・永栄潔『こんな朝日新聞に誰がした?』★★★、 ワック、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4898317413/japanontheg01-22/

2.長谷川熙『崩壊 朝日新聞』★★★、ワック、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4898314430/japanontheg01-22/

昭憲皇太后と Empress Shoken Fund
2017/02/05
Japan On the Globe(988)■国際派日本人養成講座■H29.02.05 より転載
人物探訪: 昭憲皇太后と"Empress Shoken Fund"
 100年以上も世界の福祉に貢献し続けている国際赤十字の「昭憲皇太后基金」を生み出した精神とは。

■1."Empress Shoken"のTシャツ

 その写真には、10数人の黒人青年たちが笑顔で賞状らしきものを胸の前に掲げて映っている。揃いの白いTシャツには、王冠とドレスをまとった女性の写真がプリントされている。その写真の下には"Empress Shoken"との文字が見える。明治天皇のお后であった昭憲皇太后である。(明治天皇御存命中は「皇后」であるが、以下、「皇太后」に統一する)

 ここは南太平洋のバヌアツ。ニューギニアから南東に3千キロ離れた所にあり、合計面積では新潟県ほどの83の島に、約24万人の人々が住んでいる。

 青年たちが手にしているのは、救急法、災害対策、人道支援のあり方などを教える「いのちの教育」の修了証書である。バヌアツでは貧しくて教育も受けられず、勤め先も限られているので、学校にも行かず仕事もしない若者が多かった。その結果、麻薬や酒の誘惑に負け、犯罪に手を染めるケースも少なくない。

「いのちの教育」は、台風や洪水の頻発するこの国で、若者に災害救助などを教え、社会に役立つ存在になることで、若者自身を立ち直らせようというプロジェクトである。合計で216名の青年が受講した。「赤十字の活動に参加することで、他人を助けることができるし、そのことで自分をコントロールできるようになった」と一人の青年は語る。

 かつてのマリファナ常習犯が警官になった、という例もある。また自発的にお年寄りを助けるボランティア活動を始めた若者たちもいる。彼らが活動時に着るユニフォームが、この昭憲皇太后のTシャツなのである。このプロジェクトは2011年に"Empress Shoken Fund"(昭憲皇太后基金)から約4百万円の助成を得て実行されたものだった。[1]


■2."The Empress Shoken Fund (昭憲皇太后基金)"

 この基金は、昭憲皇太后が明治45(1912)年に国際赤十字に下賜した10万円(現在価値で約3億5千万円)をもとに創設され、その利子を用いて、現在までに、戦時中の昭和19(1944)年を除いて100余年に渡って、世界161カ国以上に総額約11億円が分配されてきた。

 発足後も皇室や日本政府、明治神宮などが寄付を続け、現在では基金総額は18億円以上となっている。助成プロジェクトの選定結果は、毎年4月11日、昭憲皇太后のご命日に、スイスのジュネーブに本部をおく赤十字国際委員会から発表される。

 イギリスの文学者ワエリクス・バウマンは著書『日本の少女』の中で、次のように述べている。

__________
 皇后陛下は、日本の新しい時代を切り開くためにご努力されたばかりでなく、貧しい人々の救護や、その他の慈善事業に対して、たいへんなご努力をなさった。皇后さまの最大のご功績は、社会福祉の精神を日本の社会に根付かせたことにある。そして、赤十字事業の国際的な発展の陰にも、皇后陛下のご援助を蒙っているところが大きいのである。[2,p79]
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 今回は、昭憲皇太后がどのようなお考えで、こうした努力をされたのか辿ってみよう。


■3.「世界人類に向け、人種や国境を越えて福祉に寄与すべき」

 国際赤十字の活動は、当初は戦時に傷ついた将兵を敵味方に関わりなく手当てする事を目的としていたが、それをさらに災害救援や感染症対策など「平時救護事業」に大きく広げたのが、昭憲皇太后の思召しだった。

 1912(明治45)年、アメリカ・ワシントンDCで開かれた第9回赤十字国際会議で、基金設立の提議文を読み上げた日本代表は、その冒頭で、昭憲皇太后から次のような思召しがあったことを紹介した。

__________
 赤十字事業の意義は、慈しみという、人類普遍の精神に求めるべきであり、しかもこの事業には国境があってはならない。戦争のない平和時にあって各国の赤十字社が互いに助け合うとき、世界ははじめて、本当の意味で親睦の和を結ぶことができる。赤十字の使命は、人類の幸福と平和に寄与することである。[2, p230]
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 世界各国の委員は深い感銘を受け、その大御心を永遠に記念するために「昭憲皇太后基金」と名付けた。時の米国大統領タフトは皇后に感謝の電報を送り、その中で「皇后陛下は、この慈愛にして崇高なご行為によって、赤十字が世界人類に向け、人種や国境を越えて福祉に寄与すべきであることをさとされた」と述べた。[2, p230]

 ここに赤十字は、「世界人類に向け、人種や国境を越えて福祉に寄与すべき」国際団体として、大きな一歩を踏み出したのである。昭憲皇太后は次の御歌を詠まれている。

 日のもとのうちにあまりていつくしみ外國(とつくに)までもおよぶ御代かな
(日本から溢れ出た慈しみが外国にまで及ぶ御代となったことだ)

「親睦の和」を世界が結んだ一例は、東日本大震災の際に示された。日本赤十字社社長、国際赤十字・赤新月社(JOG注:イスラム諸国では宗教的理由から「十字」のかわりに「新月」を使う)連盟会長の近衛忠輝はこう語る。

__________
 東日本大震災では、昭憲皇太后基金の配分対象となった多くの発展途上国からも、感謝の意を込めて救援のための寄付金が寄せられました。それは金額の問題以上に、人道で結ばれた『連帯の精神』の現れでありました。[1, p4]
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■4.皇室による「窮民救恤(きゅうじつ)」

 そもそも近代日本における社会福祉は皇室が先導された。明治政府による公的救済活動はまだ限られていたため、その空白を埋めたのが皇室の活動だった。

 明治天皇は践祚後わずか2年半の明治2年8月に「窮民救恤(きゅうじつ)の詔」を発せられ、維新の戦乱で家を焼かれ、生業を失い、またその年の冷夏による不作で困窮する国民を助けられることを宣言された。宮廷費7万5千石から1万2千石を節約して、その救恤にあてられたのだった。

 明治10(1877)年からの西南戦争では、佐賀藩出身の佐野常民(つねたみ)が欧州留学で学んだ赤十字活動を実践しようと、皇室の許可を得て「博愛社」を設置し、九州と大阪で臨時病院を設置して救護活動を行った。

 博愛社は明治16(1883)年以降は、皇室から毎年3百円の御手元金を下賜されて基本的な活動資金とした。明治20(1887)年、両陛下は博愛社を皇室の保護のもとに運営されるご意思を示され、名称を「日本赤十字社」と改め、万国赤十字社本部に加入することが決まった。

 以後、両陛下から毎年下賜金があり、また明治23(1890)年には病院建設用地として東京府内の1万5千坪を下賜された。現在の日本赤十字社医療センタ−である。

 当時は欧米と同様、戦時の傷病兵を救護する事だけを行っていたが、明治21(1888)年7月の福島県磐梯山(ばんだいさん)の噴火では多くの死傷者が出て、昭憲皇太后は日本赤十字社に命じて、救護班を被災地に向かわせ、多額の金銭的援助もされた。これを契機に日本赤十字社の社則に「天災救護施」が加えられた。

 その後、明治24(1891)年、14万2千余戸が全壊した濃尾地震、明治29(1896)年、2万2千人の死者が出た三陸大津波など、大規模災害が続き、日本赤十字社が災害救助にあたった。皇太后は大小様々な天災の都度、救恤として御下賜金を送られ、明治期全体では合計265件にも及んでいる。

 また、その頃から海外の窮民にも救恤が行われていた。明治35(1902)年、カリブ海の仏領マルティニータ島でのプレー火山の大噴火、明治41(1908)年、イタリアのシシリー島を襲ったメッシーナ地震にも、巨額の救恤金を送られている。「人種や国境を越えて福祉に寄与すべき」は、すでに実践されていたのである。


■5.包帯製作とお見舞い

 皇太后は明治20(1887)年の東京慈恵医院開院の際に、病院事業奨励の令旨をくだされ、その中で、天平年間に聖武天皇の皇后であった光明皇后が、貧しくて治療を受けることのできない民のために施薬院を設けた逸事に言及し、「祖宗の遺志」を継ぐべきことを念願されている。明治時代の社会福祉への取り組みは、そのまま1千年以上も続く皇室伝統の実践であった。

 皇太后の窮民への仁慈は御下賜金だけには留まらなかった。明治10(1877)年の西南戦争では、お手づからガーゼを作られ、大阪と戦地の病院に送られた。明治27(1894)年の日清戦争では、包帯の製作をされた。宮中の一室に製作所を設けられ、近侍の女官たちとともに、看護婦さながらに白衣を召されて包帯製作に励まれた。

 明治37(1904)、38年の日露戦争でも包帯製作に勤しまれ、皇太子妃殿下(大正天皇のお后、貞明皇后[a,b])とともに、包帯12巻入りの缶を200缶も戦地に送られた。兵士の中には、その包帯を使わずに持ち帰って家宝にした者もいた。

 日清戦争さなかの明治28(1895)年3月、皇太后は明治天皇が大本営をかまえられた広島にお出ましになり、広島陸軍病院と呉の海軍病院を慰問された。

 これらの病院は開戦後、にわか仕立てで作られた掘っ立て小屋のような建物で、関係者はこのような粗末な場所に皇太后がお越しになるのは恐れ多いと辞退したが、皇太后は「患者慰問のために来たのですから、どんなに建物が見苦しくても見舞いに行きます」と押しきられた。

 各病室では患者それぞれに病状をお聞きになり、御言葉を賜った。起き上がって姿勢を正そうとする兵士たちには、「起きるに及ばず。大事にせよ」と仰った。今日の両陛下の被災者御慰問そのままの光景である。また戦争で手や足を失った兵士には、義手や義足を下賜された。その御仁慈は手足を失った敵兵にも及んだ。


■6.皇室の率先垂範が国民を動かした

「社会福祉の精神を日本の社会に根付かせた」と冒頭のバウマンは語ったが、皇太后は国民に直接語りかける事でも、その役割を果たされた。

 皇太后は明治35(1902)年10月21日、日本赤十字社第11回総会に行啓し、御言葉を述べられた。会場は皇后陛下を間近にうかがおうとする人々で超満員だった。出席した英国公使夫人メアリー・フレイザーは、皇太后が「いかに人心を惹きつけられるか」を目の当たりにしたとして、こう書き留めている。

__________
 皇后陛下は、大いなる興奮と尊敬に満ちた沈黙の中を、書類をたずさえて進まれ、はっきりとした声でその内容をお読みになりました。それはほんとうに驚くべきこと--これまで私が日本で見たもっとも現代的な光景でした。(『英国公使夫人の見た明治日本』)[1,p139]
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「現代的」というのは、それまでの歴代皇后は内裏(だいり)に引きこもって、人目には触れずに生活されていたからである。昭憲皇太后は皇后として初めて洋服を着られ、このように多数の国民の前で御言葉を述べられたのであった。

 前述のメッシーナ地震に際しては、両陛下はイタリア政府に金1万円を寄贈されたが、民間でも「伊国震災義捐(ぎえん)金」が集められ、寄付金の総額は7万1700円に達した。皇室の率先垂範が「社会福祉の精神を日本の社会に根付かせた」一例である。


■7.「一つ屋根の大家族のように」

 日本が早急な近代化を通じて、欧米諸国と伍してやっていくための明治天皇の努力がいかに世界から称賛されたかは、拙著『世界が称賛する 国際派日本人』[c]で述べたが、社会福祉の分野で発展を実現してその一翼を担おう、というお志を皇太后は持たれていたようだ。そのため、欧米から戻った公使婦人や女子留学生を召しては、欧米の状況を熱心に聞かれた。

 史上初めて洋服を着られ、外国人を謁見し、大勢の集まる集会でスピーチをする、などは、その努力の一環である。そして、その努力と、天性の慈愛と聡明さが、欧州の王室にも負けない気品を生み出した。英国公使のマクドナルドは、皇太后に拝謁するたびにこんな感想を語った。

__________
 数カ国の宮廷に出入りしたが、日本の皇后のように風格が高いお方を見たことがない。皇后は実に慈愛と権威とを有する天使である。[2, p223]
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 明治20年前後に宮内省顧問として欧州式の宮廷儀式導入を助けたドイツ貴族のオットマール・フォン・モールは、皇太后の「思いやりのある人柄、おのずとにじみ出る心のあたたかさ、それにけだかい考え方」を称えて、皇后を「宮中のたましい」と呼んだ。

 アメリカの新聞「クリスチャン・ヘラルド』紙の論説委員であるクロブッシュは、皇后が明治40(1907)年にノーベル賞候補者に推薦されていたことを明らかにした、と当時の新聞は伝えている[2, p29]。これは赤十字国際会議で、基金設立の発議を行う5年前である。皇太后の社会福祉への取り組みはすでに欧米でも高く評価されていたのである。

 昭憲皇太后は皇室の伝統的な国民への仁慈を基盤として「社会福祉の精神を日本の社会に根付かせ」、さらに「昭憲皇太后基金」として「世界人類に向け、人種や国境を越えて福祉に寄与すべき」を示された。

 それは神武天皇の「一つ屋根の大家族のように仲良く暮らそう」という理想[d, p260]がグローバルに広がった道であった。
(文責:伊勢雅臣)


■リンク■
a. JOG(839 国民のおばばさま、貞明皇后(上)
 関東大震災直後、大正天皇は病床にあり、摂政宮はまだ23歳。貞明皇后は自分が率先して国民を勇気づけようと決心した。
http://blog.jog-net.jp/201403/article_3.html

b. JOG(840) 国民のおばばさま、貞明皇后(下)
「国民のおばばさま」は、我が子や孫のように国民を思い、その幸せのために尽くした。
http://blog.jog-net.jp/201403/article_5.html

c. 伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594075681/japanontheg01-22/

d. 伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人の知らない日本』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594074952/japanontheg01-22/


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 今泉宜子『明治日本のナイチンゲールたち 世界を救い続ける赤十字「昭憲皇太后基金」の100年』★★★、扶桑社 、H26
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/459407023X/japanontheg01-22/

2. 明治神宮『昭憲皇太后さま』★★★、鹿島出版会、H12

!『ビハインド・ザ・コーヴ』捕鯨問題の映画
2016/12/03
プロジェクト
初・日本から発信!『ビハインド・ザ・コーヴ』捕鯨問題の映画アメリカ配給
お礼と進捗報告
ol.12 - 12月03日

サポーターの皆様
ご連絡が遅くなりましたが、お陰さまで先日、無事、クラウドファンディングが終了しました。
3ヶ月足らずの期間でしたが、クラウドファンディング終了日に読売新聞の「かお」欄やジャパンタイムズ、日経新聞などで紹介され、今になって「クラウドファンディングに参加したかった」というお申し出があり、なんとも複雑な思いです。何よりも伝達、ということが何をするにも必要不可欠だな、と。
しかし日本国内で皆様の力強い熱いサポートのお陰様でクラウドファンディングが成功しました。「ザ・コーヴ」の監督ルイ・シホヨスをはじめとする主要反捕鯨家から映画を見せて欲しいというリクエストがありました。こちらとしても日本へ入国できないであろう彼ら全員に、今回のアメリカ上映に招待をだし、映画について討論しませんか、と誘いましたが、討論に逃げ腰なのか、理由をつけて断られました。
現地の反応は、実際に観た方の感想は予想以上のものですが、それとは裏腹に米メディアは予想通り辛辣です。ただ「ビハインド・ザ・コーヴ」が無視できない作品であり、批評された事は反発を含め大きな結果で喜ばしく思っております。更にはロサンゼルスタイムズにレビューが出る事は、甘いも辛いも関係なくオスカーの条件にもなっているのです。
アメリカ現地の日本人の方から、「勉強になった。作ってくれてありとう。もっと早く知っていればサポートしたのに!」という声を多く掛けて頂きました。また、日本人以外の現地の方からは「amazing」を連発され、タイミングが米国の大統領選挙後ということもあり、プロパガンダで真実を知る事が困難になっていることを指摘する声が多いです。このメディアと現実のギャップの状況を身を以て体現しているところです。
これまで「日本の愛国心」というものを警戒する声ばかりが海外から聞こえていましたが、むしろ「日本は戦後、愛国心を持たないようにされ、言論が封じられ、我慢している。周りを見渡せば、アメリカをはじめ自国の国益の為なら手段を選ばない国々の存在がある」ということを俯瞰して観ていられる方が多かったように思います。これは、先に上映をしたニューヨークだから他国の意見に耳を傾ける素地があるからかもしれません。
下記のフェイスブックでも情報をアップしていますので、平行してご覧頂ければと思います。
https://www.facebook.com/behindthecove/
今日からロサンゼルスでの公開になります。東海岸と西海岸では反応の違いがあるか、私自身楽しみです。
クラウドファンディング自体は募集期間は終了しましたが、これをキッカケに映画を鑑賞する機会を増やし、お互いの意見を交換する事の始まりだと思っています。
引き続き応援を宜しくお願い致します。
まずは、お礼とニューヨークの総括まで。
八木景子
初・日本から発信!『ビハインド・ザ・コーヴ』捕鯨問題の映画アメリカ配給
https://motion-gallery.net/projects/behindthecove

国連が世界に広めた慰安婦は性奴隷の嘘
2016/10/26
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通算第5072号2016年10月26日より転載ジュネーブ国連派遣団報告(自由社)。藤岡信勝編著
第12回:第五章 日本外務省に20年遅れの「罪状否認」をさせる
第3次派遣・ジュネーブ国連代表団(2016.2)。第五章2.国連女子差別撤廃委への日本政府回答書をめぐる攻防。

 2015年7月の第二次派遣において、杉田水脈、山本優美子代表が女子差別撤廃委員会でNGOとして発言したことが、委員長に「慰安婦問題にもう一つの見方があるとは初めて知った」「精査する」との発言を引き出しました。
 委員会から日本政府への質問にどのように対応したのかを杉田さんはフォローしていましたが、年末の日韓合意で「国連等国際社会においてお互いに避難批判することは控える」という項目に危惧をいだいていました。外務省が国連で日本を貶めてきた左派系団体と協調し、保守をけん制しているのではないかと懸念されたからです。
 しかし、2月16日の女子差別撤廃委員会で、外務省の杉山審議官は委員の質問に対し「強制連行を確認できる資料はまったくないこと」「これが広く流布された原因は吉田清治に虚言とこれを朝日新聞が大きく報道した事による」「朝日はこの事実関係の誤りを認めた」「20万人という数字には裏付けはない」「女子挺身隊とは、労働提供であり、性の相手ではない」と明確に述べたのでした。
 この前日のワーキングミーティングでの杉田、山本の二人が1分間ずつ発言したことが、そのまま取り上げられた結果となりました。
  日本語原文;http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Chapter-5b.pdf
   英訳文:URL:http://www.sdh-fact.com/book-article/851/
PDF: http://www.sdh-fact.com/CL/UN-Sex-Slave-Report-Chapter-5.2.pdf
海外には英文で発信しました。
    (「史実を世界に発信する会」会長代行 茂木弘道)

いまなお蔓延るWGIPの嘘
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通算第5050号2016年10月4日より転載

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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 しょひょう BOOKREVIEW 
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 戦後七十年も経ったのに、まだGHQの洗脳が日本人の言語空間を支配
  「自虐史観」の呪縛から逃れられない理由、その原因は何処にあるのか
  ♪
関野道夫『いまなお蔓延るWGIPの嘘』(自由社)
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 WGIPというのは「WAR GUILD INFORMATION PROGRAM」の略、ようするに日本洗脳工作の工程表である。
 みごとに引っかかった。
 まだ護憲を護符として、自虐史観をひた走り、南京大虐殺はあったと思いこんでいるオメデタイ日本人がうようよいる。平和の念仏を唱えていれば、あるいは乙女の祈りのようにヘイワヘイワと叫んでいれば、戦争は回避できると思いこんでいる。
メディアの論調も、とうにGHQの監視・検閲がとけたというのに、自主規制をかけているようで、まだまだ自虐的である。
 つまり言論空間はWGIPに汚染されたままである。

 関野氏は、WGIPの特徴として次の七つを挙げている。
 (1)日本人に永久に戦争犯罪人意識を刷り込もうとアメリカが行った情報作戦
 (2)東京裁判が、WGIPの一丁目一番地
 (3)時間が経ってから効果が現れる遅効性毒薬
 (4)GHQは、原爆投下と東京裁判に対する批判を最も気にしていた
 (5)効き目が良すぎて、アメリカも困惑(日本が安全保障に冷淡なことなど)
 (6)日本政府や報道機関を通じた間接統治(WGIPによる政策を、日本人自らが選択した政策だと錯覚させる効果)
 (7)WGIPは戦後直後から三期に亘り、日本独立まで行われたが、(3)にあるように、効果はむしろあとから出てきた

 本書は前にかかれた続編にあたるが、特徴的なのは、日本人が騙されるパターンを分析していること、欧米人と日本人の思考法の差違、そして日本人が騙されやすい理由、その改善への努力の提言がなされていること。
 すなわち日本人は性悪説を信じ、日本国内と隊外国とは、思考、論理を使いわける二重人格的な対応が必要であるという提言を力説されている。

ビハインド ザ コーヴ
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」通算第5061号2016年10月14日より転載
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(読者の声5)映画「ビハインド・ザ・コーヴ」アメリカ配給のための支援を、もしご賛同いただけましたらおいくらでも構いません、よろしくお願いします
 https://motion-gallery.net/projects/behindthecove
初・日本から発信!『ビハインド・ザ・コーヴ』捕鯨問題の映画アメリカ配給. ビハインド・ザ・コーヴ 映画
  (三浦生)




中露が対日歴史認識での協力とは
2016/10/22
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」2016年9月4日 通算第5017号より転載

G0で中露が「対日歴史認識での協力」とは何か          平成28年9月4日(日)

 いまロシアのプーチン大統領が、安倍総理と会談したウラジオストックからG20会場の杭州に行っている。その杭州で、中共の習近平とロシアのプーチン大統領が中露会談をする。その会談の議題は、中露の、石油や天然ガスなどのエネルギー協力に加えて「対日歴史認識での協力」だという。
 そこで、振りかえれば、昨年の九月三日、北京の天安門に中共の習近平とロシアのプーチン大統領と韓国の朴槿恵大統領が、雁首を並べて 「対日戦勝利七〇周年記念軍事パレード」を見物していた。
 この三カ国首脳は、「対日歴史認識」で一致しているうえに協力するらしい。
 そこで、水を差すわけではないが、我が国外交と安倍総理が、日中、日露、日韓首脳会談実現で、成果があったと無邪気に自画自賛しているうちに振りかえれば、カネだけ盗られて彼らの「対日歴史認識での協力」が実を結ぶ!という馬鹿を見ないように思いつくままに記しておきたい。

 歴史認識というならば、まず、日本人なら、中露首脳会談と聞けば、日清戦争終結の翌年である明治二十九年(1896年)六月の露清密約を想起すべきであろう。
 この当時、ロシア人は、約束は破るものだと思っている、シナ人は、そもそも約束は守るものだとは思っていない、と国際社会で言われていた(今も通用する)。このロシア人とシナ人が、密約を交わしたのだ。狸と狢の密約どころではない。
 とはいえ、この当時、アメリカ人も似たようなものである。永年、インディアンと接してきたバッファロービルは、次のように言っている。白人が約束を守ったことは一度もなかった。そして、インディアンが約束を破ったことも一度もなかった。」
 露清密約に戻る。ロシアのウイッテは、清国の李鴻章に五十万ルーブルの賄賂を渡して、 日本に対する露清共同防衛の約束しながら(仮想敵国を日本としながら)、三国干渉の見返りとして満州を清国から買い取った。
 即ち、ロシアは清国から満州における鉄道施設権と軍隊駐留権を獲得した。その上で、ロシアは東清鉄道会社と露清銀行を設立し、満州の「銀行と鉄道による征服」を開始したのだ。
 ロシアによる満州の制圧は、朝鮮半島進出から海洋制覇への始まりである。
 東清鉄道は、明治三十四年(1901年)十月にシベリア鉄道と連絡してザバイカルとウラジオストックを短距離で結んだ。 これがロシアの日本攻撃の引き金である。即ち、日露戦争への道はこの時に開いた。
 この当時のロシア側の意図をロシア海軍編纂の「露日海戦史」は次のように記している平間洋一著「日露戦争が変えた世界史」)「極東でロシアが絶対優位権を確立せんと欲するならば、須く日本を撃破し、艦隊保持権を喪失せしめなければならない」
 まことに露清密約は、我が国にとって日露戦争に至る最も邪悪な密約であり、東アジアにとっても三国干渉とともに「東亞五十年の禍根」である。日本は、この露清密約を知らず、日露戦争を血みどろになって戦い、満州からロシアを追い出して、それを売り払った清国に返還してやった。

 当然、清国は密約のことはおくびにも出さずに、満州を回復する。その満州に意欲を持つアメリカは、この日露戦争後より明確に日本を仮想敵国とみなし始める。我が国が露清密約を知ったのは、1921年のワシントン会議の時である。五十万ルーブルの賄賂をもらった李鴻章の子孫は、現在、名前を変えてアメリカで大富豪として生活している。
この度、杭州で、中露の首脳が「対日歴史認識」を云々するのならば、我が国こそは、中露首脳に対して、堂々と露清密約、つまりロシアとシナこそ、二十世紀を戦争の世紀とした第一の東亜の禍根であり、続いて、コミンテルンの指令通りに内乱と戦争を起こしたソビエト共産党と中国共産党が第二の禍根であると言える立場にある。

 さて、ウラジーミル・プーチン(1952年〜)という人物について、知っている範囲内でコメントしておく。
 確かに彼は、柔道をたしなみ、安倍総理と度々会談して親日的なイメージを得ている。日本のマスコミ論調も、安倍総理と度々会見を重ねてきたというだけで、プーチンとの交渉が実り多い結果をもたらすはずだという楽観論が主流となっている。しかし,
(1)もともとプーチンは、ソビエト共産党員でソビエト国家保安委員会(KGB)の将校であることを忘れてはならない。

(2)1989年の東西ドイツを分けるベルリンの壁崩壊の時、東ドイツ内にはベルリン郊外のベニンスドルフに司令部を置く十九個師団三十八万人のソビエト軍が駐留していた。
 その時、KGB将校として東ドイツにいたプーチンは、二十一年前の「プラハの春」の時のように、一夜明ければベルリン市内はソビエト軍の戦車で埋まっていたという状況をつくり出そうと奔走したと聞いている。

(3)現在のロシア国歌は、ソビエト国歌のメロディーに新しい歌詞を付したものである。
 プーチンはその歌詞を作った。それは次の通り。
 「おお、北の大森林から南の大海原まで、 
  これら全て、ロシアの聖なる大地!」
 では、尋ねる。
 ロシアの「南の大海原」とは何処だ! 朝鮮半島の南に広がる海ではないか。
 しかし、ここがロシアの聖なる大地か!してみれば、プーチンの頭の中にあるロシアの自画像は、百十年前に朝鮮半島を基地として大海原に乗りだすために日本を撃破しようとした 帝政ロシアの皇帝ニコライ二世の首脳達と同じではないか。

(4)その百十年前の日露戦争の火ぶたを切ったのは、朝鮮半島仁川港外で行われた海戦で、我が海軍はロシアの巡洋艦ワリヤークと海防艦コレーツを撃沈した。プーチンはこの仁川に韓国大統領とともに赴き、日本の侵略と闘って戦歿したロシア兵」の慰霊碑に献花した。また昨年九月三日、プーチンは韓国の朴槿恵とともに天安門に立って対日戦争勝利七十周年の軍事パレードを見物していたことは既に記した。

(5)次ぎに、私の知人であるウクライナ人が何を言ったか記しておきたい。
 彼は言った。ウクライナにとってのロシアは、日本にとってのシナと同じだ。ロシアはウクライナのものを盗もうとする。シナは日本のものを盗もうとする。ウクライナにとってロシアは狡く強欲であり、日本にとってシナは狡く強欲である。日本にとっての習近平が、ウクライナにとってのプーチンなのだ。

 以上プーチンに関して、五項目を思いついたので書いたが、言いたいことは、このプーチンと、また習近平と、さらに朴槿恵と首脳会談を重ねただけで、国家間の物事が上手く運ぶと楽観してはならないということだ。彼らロシア、シナ、韓国は、我が国首脳との会談を重ねながら、つまり、得るものを得ながら、「対日歴史認識での協力」を進めている。
 その理由は、これが彼らの国益に適うからだ。
 
 しかし、我が国の国益とは、彼らの「対日歴史認識」は事実に反することを国際社会に広めることではないのか。我が国家と民族と国民と英霊の名誉の為に、我が国は彼らが吹聴するように、二十世紀に悪を為した邪悪な国ではなく、人種差別がなく植民地がない国際社会を目指した国こそ日本であることを、堂々と国際社会に訴えることではないか。
 従って、やはり、ここに行き着く!
 行き着く処は、靖国神社よ!
 総理と閣僚は、彼ら中、韓、露と会談するために、我が国の歴史と誇りを無視して彼らに迎合する愚を改めよ。彼らの要求に応じて靖国神社への参拝を断念するという英霊への裏切りをやめよ。英霊を裏切り犠牲にした首脳会談は、初めから対等な会談にはならず、未来を開かないことを知れ。正々堂々と、靖国神社に昇殿参拝してから職務に就き、また、首脳会談に赴け! 
                 西村慎吾

ドゥテルテ発言の背景にあるフィリピンの歴史
2016/10/08
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成28年(2016)10月7日(金曜日) 通算第5052号より転載
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西村眞悟の時事通信 西村眞悟の時事通信 西村眞悟の時事通信 
━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━…━ドゥテルテ発言の背景にあるフィリピンの歴史と現状
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 フィリピンの新大統領ロドリゴ・ドゥテルテの発言の背景を知っておく必要があると思うからである。
 フィリピンは、ポルトガル人のマゼランが、1521年、スペインの艦隊を率いて太平洋の東から到着してから三百年間以上、スペインの植民地となり国名もスペイン国王のフィリップ二世にちなんで付けられた。
 しかし、スペインは、南のミンダナオなどのムスリム地帯を遂に平定できなかった。スペインとムスリムのモロ族は、ミンダナオなどで三百年間戦い続けたのである(モロ戦争)。
 さて、1911年以来74年間、アメリカ軍の正式軍用拳銃は、日本名コルト45自動拳銃(M1911、ナインティーンイレブン)であった。
 そして1985年に軍の正式拳銃がべレッタ92Fになった後にもコルト45はアメリカ軍の特殊部隊などで現在も使われ続けている。
 このコルト45の誕生こそ、フィリピンとアメリカの関係を如実に示すものであり、ひいては、今年九月のロドリゴ・ドゥテルテフィリピン大統領のオバマアメリカ大統領に対する発言につながってゆく。

 1898年、アメリカとスペインの米西戦争の最中、戦場のアメリカ軍から拳銃に関して次の要請が参謀本部に届いた。
 「一発で、敵の動きを止められるだけの威力が欲しい」
 この要請を受けて、コルト・ファイヤーアームズ社がジョン・ブローニングの考案のもとに制作したのが45口径の自動拳銃コルト45である。
 では、その戦場とは何処で、「敵」とは誰か。場所は、「フィリピン」であり、「敵」とはスペイン人ではなくフィリピン人またムスリムのモロ族である。米西戦争の最中、アメリカ軍はフィリピンでスペイン軍だけではなく、それまで、独立のためにスペインと戦っていた原住民やモロ族とも戦った。
 そして、その「敵」は、アメリカ軍にとって始めて遭遇する恐ろしい敵であった。彼らはジャングルに潜んでいて、突如、蛮刀を振りかざしながらアメリカ軍に突撃して来た。
 その時、アメリカ軍の正式拳銃であった38口径の回転式拳銃では、弾が命中しても彼らは止まらず走り続けて切り込んできた。それで、フィリピンのアメリカ軍兵士は一発の弾で彼らを倒せる大口径弾を連続発射できる拳銃を欲したのである。
 このこと、かつてアメリカ軍が出て行った後のフィリピンのスービック基地を軍事専門家のガブリエル中森氏と訪れたとき、フィリピン人の元警察官から聞いた。彼は、コルト45を撃ちながら、この弾が当たれば、身体は後ろに飛ぶと言って、仰け反って後ろに飛ぶ身振りをした。この時、フィリピンの民衆は、このコルト45を生み出したアメリカが フィリピンで何をしたか知っていると感じた。

 米西戦争でアメリカが勝ち、スペインがフィリピンから出て行った後も、アメリカ軍は、フィリピン独立を求めるフィリピン民衆と戦い続け、スペインと三百年間戦ってきたミンダナオやパラワン島やスールー諸島のムスリムであるモロ族とも戦い続けた。
 アメリカがミンダナオを制圧し全フィリピンを平定したのは、米西戦争から17年後の1915年である。
 その間、アメリカ軍は、ルソン島で616,000人のフィリピン人を殺し、レイテ島では現地人にアメリカ軍38人が殺害されたことに対する報復として10万人以上のフィリピン人を殺した。
 その他の多くの島々からなるフィリピン全土で、一体何百何十万人がアメリカ軍に殺されたのか私は知らない。アメリカ軍が見せしめのためにフィリピン人を殺した残虐で執拗な殺戮の様子を、高山正之さんが週刊新潮(16.9.29)の「変見自在」に書かれている。それを読めば、アメリカ人はシナ人と同じように残虐である。
 昭和20年の硫黄島において、アメリカ軍は次の「無期限の日本人狩り許可証」を発効している。
        Jap Hunting License
  Good For Duration Of Season
  aC1664 Open Season No Limit
 
 この実物の写真を東京都写真美術館で観た(アメリカ在住杉本博司撮影、11月30日まで展示)。
 この硫黄島の三十年ほど前にも、アメリカ軍はフィリピンで「フィリピン人狩り(Hunting)許可証」を発行してフィリピン人を狐を狩るように殺しまくっていたのではないか。その時のアメリカ軍の最高司令官は、ダグラス・マッカーサーの親父のアーサー・マッカーサーだ。
 しかし、昭和17(1942年)5月7日、フィリピンのアメリカ極東陸軍は、日本軍に降伏した。
 その時のアメリカ軍の最高司令官は息子のダクラズ・マッカーサーで、既に部下を見捨てて家族を連れてオーストラリアに逃げ去っていた。
 そして、アメリカは、
 日本軍がマッカーサーに見捨てられた兵士を歩かせたことを
 バターン半島死の行軍と、自分たちのしたことを棚に上げて
 日本軍は残虐だと、未だに喧伝している。
 
 昭和18年7月4日、
 日本政府はフィリピン共和国の独立を認め、
 ホセ・ラウレルが大統領となって東京の大東亜会議に参加してくる。
 その大東亜会議における大東亜共同宣言は、人種差別撤廃と諸民族の共存共栄を掲げておりアメリカの苛酷な支配を経験したホセ・ラウレル大統領も参加各国首脳と共に感慨無量で署名したであろう。
 しかし、昭和二十年九月二日、日本は連合軍に降伏し、フィリピンにアメリカ軍が戻ってきた。
 フィリピン人は、以上のフィリピンの歴史の中で度々交替した支配者に関して次のように言うのだと教えられたことがある。
 最初に来たスペイン人は、悪かった。
 次ぎに来たアメリカ人は、もっと悪かった。
 その次ぎに来た日本人は、さらに悪かった。
 帰ってきたアメリカ人は、最悪だった。

 さて、新しいフィリピン大統領のロドリゴ・ドゥテルテは、1945年(昭和20年)3月、レイテに生まれた。父は、華人の血をもつ。母はミンダナオのマラオナ人である。
 貧しい中で育ち、大学を卒業してから十年間、検察官をして、ミンダナオの政治・経済・文化の中心都市ダバオの市長を合計七期務めた。そして、本年6月30日フィリピンの大統領になった。
 このドゥテルテの生年である昭和20年から何が分かるかというと、彼はスペイン人より悪かったアメリカ人、 アメリカ人よりさらに悪かった日本人、帰ってきた最悪のアメリカ人の行状を、生々しく祖父母や両親から聞き、 また自らの目で見て耳で聞いた世代であるということである。

 ドゥテルテは、ダバオ市長時代もダバオの犯罪撲滅と治安維持に辣腕を振るったというが、大統領になってからは、さらに過激な麻薬犯罪撲滅を打ち出して、捜査機関に麻薬に関するマフィアや密売人の現場での即射殺を促し、警察は、既に千名以上を射殺していると伝えられている。
 このことが報道されてから、かつて警察庁の警察官から外務省に出向して在フィリピン日本国大使館に勤務した大学の先輩から聞いたフィリピンの治安状況を思い浮かべた。
 それは、フィリピンでは全ての犯罪者が拳銃を所持していて、素早く撃ってくる。警官は、相手を銃撃で倒しても、必ず近づいてトドメを刺さなければ、安心できないという状況であった。
 その状況の中のドゥテルテ大統領の強硬方針である。従って、千人の麻薬犯罪関係者を警察が射殺した後でも、80%のフィリピン国民はドゥテルテを支持している。

 そこで、アメリカのオバマ大統領は何を言ったのか。麻薬犯罪者の射殺は、人権上問題であるとドゥテルテ大統領を非難したのである。そこでドゥテルテ大統領は、カチンと来た。
 アメリカ人は、俺の生まれたレイテでも何十万人を殺しまくり、俺の母親の郷里のミンダナオでも何十万人を殺しまくった、お前ら、アメリカだけには、俺が人命軽視だとは言われたくないワイ、と。さらにドゥテルテ大統領は、アメリカからフィリピンへの武器供与を拒否されたことを明らかにして、また言った。アメリカの武器なんかもらうか、ロシアやシナからもらうワイ、と。
 その時、ドゥテルテの脳裏に、アメリカの武器は、ナインティーンイレブンの様にフィリピン同胞を一発で殺すために造られたのではないか、という記憶がよぎっていたのかも知れない。

 以上、アメリカのドナルド・トランプ大統領候補とフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領を日米のマスコミは、こぞって無茶苦茶な暴言男と申し合わせたように、ネガティブキャンペーンに似た報道をする。
 しかし、彼らは馬鹿ではない。独りは既に大統領であり、もう一人も大統領になる公算大である。従って、同じ東アジアの我々日本人こそ、ドゥテルテ大統領の発言の背景をもっと知るべきと思い本稿を書いた。
 ともかく、ドゥテルテでなくとも、私においても、アメリカ大統領は、あんまり、人権や自由やと、ええ格好言うな、と言いたくなる。
 それでも、アメリカ人がええ格好を言うならば、貴公らの西部開拓は、「開拓」ではなく、数百万の先住民の「土地と命の略奪」である。東京で一夜にして、非武装の婦女子老人を十万人以上焼き殺し、広島と長崎の無辜の市民の上に原子爆弾を投下したお前らには言われたくない、と言いたくなる。
 
    (にしむらしんご氏は前衆議院議員)

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