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最新科学が解明する利他の心
2018/06/17
最新科学が解明する利他の心

Japan On the Globe(1067)■国際派日本人養成講座H30.06.17■より転載

Common Sense: 最新科学が解明する利他の心
 利他の心は人間に喜びを与え、健康を増進し、能力を高める。その力が、明治日本の躍進の原動力となった。

■1.トランプ大統領のアメリカ流交渉術

 トランプ大統領と金正恩の会談のニュースを見ながら、私自身のアメリカでのビジネス交渉の経験を思い出した。日本でのビジネス交渉と全く違う点が二つあって、一つはトップ同士がサシで交渉すること、もう一つは初めて会う交渉相手に対して、相手がどれだけ信頼できるのか、瀬踏みしながら交渉しなければならないことである。

 トランプ大統領が自らを「ディール(取引)の名手」と自負するのは、こういうアメリカ型のトップ交渉の修羅場を何度もくぐりぬけてきた自信からであろう。

 日本型の交渉であれば、実務レベルで細部まで詰め、その後のトップ会談は儀式的なものになることが多い。また長年付き合っている相手なら互いに信頼しているので、裏切られたらどうしよう、などと考える必要はない。

 相互に信頼してビジネスを進められるのが普通の日本国内と、不信からスタートしなければならない国際社会の差が、こういう交渉スタイルの違いに端的に現れている。

 しかし、この点で日本だけが世界で特別だという事ではない。他国でも、互いを信頼しながら生きていける地域社会や集団は少なくない。ただ日本が特別なのは、国家の中心にひたすら利他の祈りを捧げる皇室を戴き、その利他心が国民に伝染して、国民どうしが信頼し会える国柄を育ててきたことだと、拙著『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』[a]で述べた。

 近年、人間の利他心についての大脳生理学や実験心理学などの研究が進み、利他心が人間が進化の過程で得た本能の一部であること、そして幸福感、知的能力の発達、健康増進をもたらす事などが分かってきた。本稿ではその一端を紹介する。

■2.利他心は人間の本能の一部

 まず最近の大脳生理学は、利他心が人間の本能の一部である事を明らかにしつつある。すなわち、利他心は我々が精神的修養を積んで後天的に獲得するものというよりは、生まれながらにして人間の脳に組み込まれている、という学説である。もちろん、精神的修養によって、生まれながらの利他心がさらに発達することはあるが。

 たとえば、"The Altruistic Brain: How We Are Naturally Good"(「利他脳:いかに我々は生まれながらに善であるか」邦訳はまだない模様)では、ある条件の下では、子供はお菓子を貰う時よりも、誰かにあげる時の方が嬉しそうな顔をする、という実験結果を紹介している。[1, p138]

 この書のタイトルで、ことさらに「我々は生まれながらに善」などと仰々しく言うのも、キリスト教は人間が原罪を背負っているという性悪説をとっており、「利他心が人間の本能の一部」という学説はそれを覆す革命的主張だからであろう。キリスト教の天動説に、ガリレオが地動説をもって異を唱えたと同様である。

 しかしわが国の神道的世界観では、人間も含め、すべての生きとしいけるものは神の「分け命」であるから、「利他心は人間の本能の一部」といわれても、「そだね〜」と思う程度である。

 我々の日常生活でも「利他心は人間の本能の一部」という事はよく経験する。例えば、電車の中で、目の前に杖を持った老人が立っているのに自分だけ座り続けていたら居心地が悪い思いをする。思い切って席を譲ったら、快い気分となる。利他心を発揮しなければ不快を感じ、発揮すれば快感を得る、という事は、利他心が本能である事を示している。

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[2]で登場いただいた日本理化学工業の大山泰弘社長は、近くの養護学校から依頼されて、二人の少女に働く体験をする場を提供した。すると、彼女たちが真剣に、いかにも幸せそうに仕事に打ち込む様に周囲の人々は心を打たれた。

 彼女たちは、会社で働くより施設でのんびりしている方が楽なのに、なぜこんなに一生懸命働きたがるのだろうか、と大山さんは不思議に思った。それに答えてくれたのが、ある禅寺のお坊さんだった。曰く、幸福とは「人の役に立ち、人に必要とされること」。この幸せとは、施設では決して得られず、働くことによってのみ得られるものだと。

「人の役に立ち、人に必要とされること」、すなわち利他心を発揮することによって人間は初めて幸せになれる。禅寺のお坊さんの教えは、最新の心理学研究と一致していたのである。

■3.利他心は「元気、長寿、有能」のもと

 利他心が喜びを生むメカニズムは生理学的にもかなり解明されている。人が利他心から他者のために祈るとき、「ベータ-エンドルフィン」や「オキシントン」など、多幸感や快感をもたらす「脳内快感物質」が分泌される事が分かっている。[2, 89]

「ベータ・エンドルフィン」は、ランナーが長時間走り続けると気分が高揚する「ランナーズ・ハイ」現象を起こす物質であるが、同時に脳を活性化させて、記憶力を高め、集中力を増すという作用もある。また、体の免疫力を高めてさまざまな病気を予防する。

「オキシントン」は恋人どうしのスキンシップや、母親が赤ちゃんに母乳を与えている時に大量に分泌される事から「愛情ホルモン」とも呼ばれている。同様に、大切な誰かを思い、その人への利他の思いが心に満ちた時、脳内に大量に分泌される。「オキシントン」はまた記銘力(記憶力のうち、新しいことを覚える力)を活性化するという動物実験の結果も得られている。

 こうした結果から考えると、他者を愛し、その幸福を祈る利他心は、自身にも幸福感をもたらし、脳を活性化し、さらに体も元気にするという効果があるようだ。

■4.利他心は人類生存のための「武器」だった

 なぜ「利他心が人間の本能の一部」となったのかは、進化理論から説明できる。たとえば、太古のアフリカで人間がばらばらに生きていたら、赤ちゃんを抱いた母親は食べ物も見つけられず、猛獣に襲われても逃げられず、生存は不可能だ。

 そこで人間は家族で暮らすようになり、夫が食べ物を探し、妻が子供を育てるという分業をするようになった。それによって、ばらばらで生きていくよりは、生き残りの確率が高まる。そして家族を維持していくためには互いへの思いやりが必要であり、そこから利他心が生まれた。

 さらに複数の家族が集まってより大きな集団を作ると、猛獣から力をあわせて自分たちを護り、チーム作業で大きな獲物を仕留めることができる。乳幼児を抱えた母親を、周囲の女性たちが助けることもできる。

 約3万年ほど前に絶滅したネアンデルタール人は、現代人よりも屈強で、脳も大きかった。しかし家族よりも大きな集団は作れなかったようで、厳しい氷河期を生き残れなかった。一方、人類はより大きな集団で助け合って、生き延びてきた。利他心は人類の生存のための武器だったのである。

■5.利他の喜び

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[b]では、日本の経済的発展に貢献した多くの経済人を紹介したが、これらの人々は自己の利益よりも、「売り手よし(従業員)」「買い手よし(顧客)」「世間良し」の「三方よし」を生涯をかけて追求した。彼らはその過程で世のため人のために役立った喜びを語っている。

 たとえば、明治11(1878)年にニューヨークに進出して、日本の輸出産業の尖兵となった森村市左衛門は、その後、ノリタケ、TOTOなどの優良企業の事業の基礎を築いた人物である。

 明治37(1904)年、明治天皇の「教育の事はゆるがせにすべからず」というお言葉に感動して、創設されたばかりの日本女子大学校(現在の日本女子大学の前身)に現在価値では5億5千万円ほどの寄付を行った。これに関して、市村はこう語っている。

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 昨夜いらい私は非常に心に喜びをもっている。たとえ粟(あわ)一粒のようなまことに小さいものといえども、国家のために種を蒔いたと思いましたから、まことに安心をいたします。
これでまず死んでもあまり遺憾(いかん)はない。私が五十年間、刻苦辛労して働いたのは何のためであるか。国家のためである。いかにしてこの金を国家のために用いるかということは、長く心に問題としていたが、今日その問題を解決し、その目的を達することができたことは、私のためにうれしいことであります。[2, p119]
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 市村は同様に早稲田大学、慶應義塾大学、高千穂大学、北里柴三郎の研究所などにも、巨額の寄付を行っている。そのたびに、このような利他の喜びを味わったことだろう。

■6.利他心が伸ばすやる気

 利他心はやる気も刺激する。たとえば『世界が称賛する 日本の経営』に登場いただいた豊田佐吉。自動織機の発明で財をなしたが、それをどう使ったか。周囲の人がこう証言している。

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 さて、其の利益をどうされたかと言うと、公債も買わなければ土地も買わぬ。他処の会社の大株主や重役にもなられぬ。只(ただ)次から次へと自分の紡織業の拡張につぎ込まれる。そうして日本の綿糸布の総高の何割は自分の力で出来る様になった。これが今一歩も二歩進んで、此処までゆけば大分御奉公になるがなあと言って、一人で喜んで居られる。[2, p132]
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 利己心だけでは、こうはいかない。十分な財をなし名声もあげたら、後はのんびりしたいと、それ以上の努力を止めてしまう。ところが、世のため人のためとなると、もうこれで良い、というゴールはない。したがって、利他心で頑張る人には、無限のフロンティアがある。そして、その利他の働きが楽しみであるから「一人で喜んで居られる」機会も無限にあるのである。

■7.利他心がもたらす「和」の力

 聖徳太子17条憲法の「和をもって貴しとなす」の項は、「上和ぎ下睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん」と結ばれている。地位の上下はあっても、和気藹々(あいあい)と議論をすれば、物事の理が自ずから通ずるので、「できない事があろうか」と断言されているのである。

 利他心はこの「和」を実現する上でも、不可欠な基盤をなす。集団のメンバーがそれぞれ利己心で動いていては、共通の目標のために時には自己犠牲も甘受するという姿勢は出てこない。メンバー各人に利他心があってこそ、「和」が実現し、そこから一丸となって力が湧いてくる。

 このお手本を示したのが、わが国銀行業の祖と言われた安田善次郎である。明治15(1882)年、日本銀行が設立され、それまでは様々な銀行が発行していた紙幣を集約することになった。「安田善治郎」の名前の入った第三国立銀行の紙幣は特に信用があり、その発行権を失うと安田がもっとも損をする。

 そもそも紙幣発行は、大蔵省が20年間の権限を与えて奨励していたのである。渋沢栄一は、安田が紙幣発行権を取り上げる事に難色を示すだろうと予想して、直談判をした。安田は黙って渋沢の説明を聞いたうえで、こう応えた。

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 よく解りました。それが金融界の健全な発展のために必要だというのであれば、よろこんで賛成いたしましょう。[2, p157]
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『皇室の祈り』では、「利他心は伝染する」と書いた。これと全く同じ表現を、最新の心理学成果を説明した『SQ生き方の知能指数』[3]で見つけた。

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他者の行為は神経に強い影響を及ぼし、感情が伝染する。人間は、風邪のウイルスに「伝染」するのと同じように、強い感情にも伝染する生き物なのだ。[3, p28]
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 安田が発揮した利他心は、他の銀行家たちにも伝染したに違いない。そこから生まれた「和」が、中央銀行の創設をスムーズに進め、日本経済の近代化を後押ししたのである。

■8.幸福をもたらす利他の道

 明治時代の天寿は60歳くらいだったようだ。豊田佐吉は63歳で亡くなっているので、天寿を全うしたと言える。森村市左衛門は79歳まで生きたので、今日で言えば100歳くらいまで生きたという感じだろう。安田善治郎に至っては没年82歳。それも数々の善行をひた隠しにしていたので、守銭奴と誤解されて暗殺されたのだった。

 これらの人々は常識的には「元気、長寿、有能」だからこそ偉大な業績を残したと考えられるが、認知神経科学から言うと、強い利他心があったために、脳内快感物質が大量に生じて、「元気、長寿、有能」となった、と言えるかもしれない。いずれにせよ、利他の喜びに満ちた幸福な人生を送ったのである。

 明治日本の躍進の原動力となったのは、これらの偉人であり、同様に強い利他の心を持った有名無名の無数の経済人たちであった。彼らの強い利他心が、黒船からわずか70年足らずで、有色人種国家でただ一国、国際連盟の理事国となったという世界史的偉業を成し遂げたのである。

 とすれば、彼らは強い利他心のお陰で、自身も幸福な充実した人生を歩みつつ、国家を隆盛に導いて国民を幸福にした、と言える。

 彼らの強い利他心はどこから来たのか。彼らを育てたのは江戸時代の国学、漢学、心学であり、それらを通じて皇室のひたすら国民の幸せを祈る利他心が彼らの心に伝染したと考える。

 充実した幸福な人生を歩み、それを通じて立派な国家を作り、国民を幸せにする道を、我々の先人たちは知っていた。その道が正しいことを、最新の現代科学は改めて立証しつつある。
(文責 伊勢雅臣)

日本と世界を護る太平洋レアアース泥
2018/05/13
Japan On the Globe(1062)■国際派日本人養成講座■H30.05.13より転載
The Globe Now: 日本と世界を護る太平洋レアアース泥

「ハイテク産業のビタミン」を脅迫カードに使う中国から、日本と世界を護る道が見つかった。

■1.「ハイテク産業のビタミン」数百年分

 東京から南東約1,900kmにある南鳥島周辺の海底下にあるレアアースが、世界の消費量の数百年分に相当する資源量であることが明らかになった。[1]

 レアアースは15種類の稀少な元素で、LED電球の蛍光体、医療用レーザーの発振材料、デジカメの光学ガラス材料、燃料電池の水素吸着体、電気自動車用モーターの磁石など、ほとんどのハイテク製品に使われており、「ハイテク産業のビタミン」と呼ばれている。

 このレアアースの数百年分もの資源量が日本の排他的経済水域内で見つかった事は、日本および世界の経済を激変させる可能性がある。特にレアアースは、現在、中国が独占的に供給し、世界各国に対して脅迫カードとしても使った経緯もあり、安全保障の上でも今回の発見は大きな意味を持つ。

 今回は、その発見者の一人、加藤泰浩東京大学教授の『太平洋のレアアース泥が日本を救う』[2]から、その意味を考えてみよう。


■2.中国による「レアアースショック」

 中国がレアアースを外交上の脅迫カードとして使ったのは、平成22(2010)年9月7日、尖閣諸島沖で違法操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりして、その船長が逮捕された時であった。その体当たりする様子は、一色正春・海上保安官が、民主党政権の禁令を破ってビデオを公開し、ひろく国民の目に触れることになった。[a]

 9月21日、中国の温家宝首相は「日本が船長を釈放しない場合、さらなる行動をとる」と表明し、それまで滞りなく行われていた日本向けのレアアースの通関手続が受理されなくなった。

 9月24日、那覇地検が「我が国国民への影響と今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断した」とコメントして、船長を釈放した。検察が自ら「日中関係を考慮」して、明白な罪人を釈放することなどありえない。明らかに民主党政権が中国の威嚇に屈したのである。

 9月28日、レアアースの通関手続が再開され始めたが、税関で厳しく検査されたり、船積みができなかったりと、実質的な輸出差し止めの状況が続いた。10月5日、大畠章宏経済産業相は記者会見で「輸出が再開されている状況ではない」と語った。

 日本のハイテク部品生産が滞って、米企業にも影響が及んだのであろう、10月15日にはアメリカ通商代表部(USTR)がレアアース輸出規制などにより、米企業が不利益を受けているとして調査を開始したと発表した。中国政府はこれに激しく反発し、10月18日から欧米諸国向けのレアアース輸出を停止するという報復措置に出た。

 これは欧米企業に大きな衝撃を与え、「レアアースショック」と呼ばれた。日米欧は、レアアースの安定調達や削減技術について検討する作業部会を設け、さらに共同でレアアース輸出規制を行う中国をWTO(世界貿易機関)に提訴した。


■3.中国の巧妙なレアアース戦略

「中東に石油があるように、中国にはレアアースがある。レアアースは我が国に必ずや優位性をもたらすだろう」とは、トウ小平が1992年に語った言葉である。中国は世界のレアアース埋蔵量の5割を占め、1980年代半ばから本格的な開発を始めていた。

 1990年代半ばには生産量でアメリカを追い抜き、安値攻勢によって世界の鉱山を次々と閉山に追い込んでいった。そして2000年代には世界のレアアースの90%以上を生産・供給する体制を築き上げた。

 独占的供給を実現すると、中国は途端に供給を絞り、価格を吊り上げる対策に転じた。まず輸出許可枠を突然減らした。2006年に6万トン強だったのを、2011年には約3万トンと半減させた。 2006年〜7年にかけては、レアアースに10〜15%の輸出税を課税した。その後、段階的に税率を引き上げていった。

 2010年のレアアースショック以降は価格が急騰し、2011年8月には史上最高値、しかも1年前の10〜30倍という暴騰を記録した。またレアアースショック後に世界で新規鉱山の開発が進み始めるや、価格は突然下落して、それらの開発企業の株価が急落した。中国の価格操作という見方が広がった。

 中国の戦略が巧妙なのは、中国国内では輸出価格の半値以下でレアアースを流通させ、また中国内で合金に加工すれば輸出数量制限を課さないということで、価格高騰と供給不足にあえぐ外国企業を中国国内生産に追い込んだことだ。日本のいくつかの大手レアアース磁石企業も、中国への生産移転を進めた。これに関して、加藤教授は次のように述べている。

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 中国の本当の狙いは、今後中国が世界経済において覇権を握るのに必須の、日本をはじめとする先進国企業のハイテク技術の搾取と集積であることは間違いありません。資源とハイテク技術の両方を握られたら、日本の将来は完全に断たれてしまうでしょう。[2, 764]
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■4.深刻な環境破壊

 中国産のレアアースが安いのは、環境保護を無視しているという面もある。レアアースを精錬する過程でトリウムとウランも濃縮されてしまう。ウランはまだ原子力発電用の資源として転用することができるが、トリウムには使い道がない。中国以外の国では、このトリウムの処理がネックとなって、開発が困難ないし高コストになってしまう。

 中国では、トリウムなどの放射性元素が残留した廃棄物を無造作に貯蔵していて、深刻な環境問題や住民の健康被害を引き起こしていると言われている。

 また一部のレアアースは弱い酸をかけるだけで簡単に回収できるが、中国では不法業者が山全体に弱酸をかけて、流れ出たレアアースの抽出溶液を回収している。回収しきれなかった抽出溶液は河川や田畑に流れ込み、深刻な土壌汚染を引き起こしている。こうした地域では採掘地の荒廃が進み、いくつものハゲ山ができている。

『世界が称賛する 日本の経営』[b]では、売り手良し、買い手良し、世間良しの「三方良し」が日本的経営の伝統的理想であることを述べたが、この中国商法では得をしているのは悪徳業者と中国共産党政府のみで、買い手は供給不安定に晒され、世間は深刻な環境破壊に直面している。こんなビジネスが長続きするはずがない。


■5.加藤教授の決心

 温家宝のレアアースを使った脅迫に、加藤教授は覚悟を決めた。

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「これはとても看過できない。もうやるしかない」
 私はついに伝家の宝刀を抜く覚悟を決めました。私たちがひそかに見つけていた?レアアースを豊富に含んだ太平洋の泥の大鉱床?、この研究成果を『ネイチャー』に発表しよう。中国一国によって独占されているレアアース資源の枠組みを根本から変える、日本のためにも、世界のためにも、それを成し遂げよう。私はそう決心しました。[2, 21]
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 加藤教授が学生たちとともに、どのような苦労をして海底のレアアース泥を発見したのかについては、氏の著書[2]に生き生きと語られているので、ぜひ参考にしていただきたい。その研究と教育への熱意で学生を引っ張っていく様は、「加藤さんの研究室は松下村塾だ。現代の吉田松陰を目指して、頑張ってください」とまで言われたそうな。

 加藤教授は大車輪でそれまでに出ていた調査データを取りまとめ、尖閣衝突事件の9ヶ月後、 2011(平成23)年5月19日、『ネイチャー・ジオサイエンス』誌の電子版に発表した。日本のほとんどの主要新聞が、一面トップで「太平洋に大量レアアース」「太平洋に"夢の泥”」などと報じた。

 この?レアアース泥?は、レアアース含有量が高い、資源量が膨大(陸上埋蔵量の約1000倍)、かつ探査が容易、トリウムやウランなどの放射性元素をほとんど含まない、回収が極めて容易(薄い酸で容易に抽出可能)など、まさに夢のような海底鉱物資源だった。

 海外のメディアも大きく注目し、フランスの通信社は教授の発見が中国のレアアース独占に対抗するものであると高く評価した。加藤教授が発表したレアアースの存在海域には、タヒチ沖のフランスの排他的経済水域も含まれていたので、フランスにとっても嬉しいニュースであった。

 さらに公海上やハワイ沖のアメリカの排他的経済水域も含まれていた。この発表の目的はレアアース資源を独占する中国を強く牽制することであったから、日本だけが中国と対峙するのではなく、アメリカやフランスなど、できるだけ多くの国を巻き込むことを教授は狙ったのである。

 案の定、中国の反発は強かった。人民日報社が出している経済紙『国際金融報』は一面で大きく取り上げながらも「レアアース大発見は誰を欺きたいのか」と、まるでフェイクニュース扱いをした。『中国経済網』は「海底のレアアースは使えないし、とっくに知っている古いニュースだ」と負け惜しみたっぷりの論調だった。

 研究の発表だけで、これ以上、中国が出荷規制や価格吊り上げをすれば、世界各国の海底レアアース開発を加速するだけだ、という警告になったようだ。


■6.「この私の思いは霞が関には全く伝わりませんでした」

 アメリカやフランスを巻き込む形での発表は、加藤教授の卓越した戦略的思考を現しているが、もう一つ感心するのが、日本の排他的経済水域に関してはデータを伏せていたことだ。

 マスコミからは「日本の領海または排他的経済水域にはレアアース泥があるのか」とよく聞かれたが、記者会見では「これから調査します」とごまかしていた。実はすでにレアアース泥が存在することの確証をつかんでおり、含有量のデータまで持っていた。

 中国を牽制するという目的のためには、アメリカやフランスの排他的経済水域に関するデータの公表だけで十分であった。日本の経済水域に関する情報は、密かに経済産業省に伝え、いつの間にか日本がレアアース泥の開発・生産までしている、と言う夢のロードマップを教授は思い描いていた。

「しかし、この私の思いは霞が関には全く伝わりませんでした」と教授は語る。「あまりにも馬鹿らしくて、今は話す気にもなりません」とまで言う。

 ここに至って、教授は日本の排他的経済水域におけるレアアース泥の公表をせざるを得なくなった。公表しなければ何も進まないからである。苦渋の選択だった。

 今回の南鳥島周辺の「世界の消費量の数百年分に相当する資源量」という日経記事では、三井海洋開発やトヨタ自動車も加わった「レアアース泥開発推進コンソーシア」が平成26(2014)年に設立されていることも紹介している。民間の力によって、レアアース泥を開発する体制ができているのである。


■7.レアアース泥の開発計画

 しかし水深4〜6千メートルの深海底から、本当にレアアース泥を引き上げることができるのか。加藤教授は非常に長いパイプを用いて海底の泥を海水とともに吸い上げる方法を考えている。この技術はすでに長年の経験が蓄積されており、30年以上も前にドイツの鉱山会社が、水深2千メートルの海底から年間260万トン規模の硫化泥の吸い上げに成功している。

 レアアースは硫化泥と同様、非常に細かい粒子の泥でできているという点で同じであり、また最新の技術をもってすれば水深が4〜6千メートルとなっても十分に可能だという。

 コンソーシアムのメンバーとなっている三井海洋開発は、世界中の海底石油開発に同様の設備を用いており、それを基にしたレアアース泥の開発システムを提案している。それによれば、パイプで船上に吸い上げたレアアース泥を巨大な脱水槽で水分を取り除き、運搬船に移す。運搬船は脱水したレアアースを南鳥島に運ぶ。

 南鳥島では陸上の工場で、レアアース泥から各種の元素を取り出す。この計画では日本のレアアース需要の10%を供給できるという。抽出後の残泥は中和して、南鳥島周辺の埋め立てに使える。すでに海洋環境への影響はほとんどない事、経済的にも十分成り立つ事が確認されている。

 国内需要の10%供給というのは「レアアースの価格をコントロールする調整弁」としては十分だと加藤教授は考えている。中国が安値攻勢に出てきたら、レアアース全体の輸入コストが下がるので、日本企業としては得をする。また高値攻勢に出たら、このプロジェクトの利益が膨らむので、どしどし設備を増やせば良い。

 いずれにせよ中国のレアアース独占供給による脅迫カードは効力を大きく削がれることになる。


■8.三方良しへの道

 日本の需要分10%というのは、第一ステップとしては良いものの、数百年分の資源量と、今後のレアアースの世界需要の伸びを考えれば、設備能力を数十倍にして、世界シェアの何割かを狙うという戦略があっても良いのではないか。アメリカやフランスも生産を始めれれば、3カ国で競争しながら、中国供給などに頼らずに世界需要を安定的にまかなうことができる。

 さらには価格も下げ続けて、中国の環境破壊をしながらのレアアース生産を止めさせる、というくらいを狙ってもよいだろう。

 それでこそ、日本国と日本国民にとっての「売り手良し」だけでなく、増え続ける需要を安定的、低コストでまかなうことでの「買い手良し」、さらには環境破壊に苦しめられる中国人民を含めての「世間良し」につながるはずだ。

 中国流にレアアース独占を脅迫カードに使うのは邪道であり、日本流の「三方良し」経営こそ持続的な成功の鍵であることを、ぜひレアアース泥の開発でも示していただきたい。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(701) ある海上保安官の「報国」
 「一人の日本人が日本のために、当たり前のことをやるだけ」と一色正春・海上保安官は尖閣ビデオ公開を決意した。
http://blog.jog-net.jp/201106/article_1.html

b. 伊勢雅臣『世界が称賛する 日本の経営』、育鵬社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594076858/japanontheg01-22/
アマゾン「日本論」カテゴリー 1位(H29/3/6調べ)

福田次官のセクハラ疑惑に「指摘するべきはそこじゃない」
2018/04/21
フィフィ、福田元事務次官のセクハラ疑惑に「指摘すべきはそこじゃない」

週刊女性PRIME [シュージョプライム] 2018/04/20 23:00

【タイムリー連載・フィフィ姐さんの言いたい放題】4月12日発売の週刊新潮が報じた、テレビ朝日の女性記者に対する財務省の福田淳一事務次官のセクハラ疑惑。セクハラ発言そのものはもちろん問題であるが、同時に、フィフィはメディア業界の“女性を利用する”構図に疑問を呈する。
 今回の騒動で唯一、明らかに問題なのは上司へのセクハラ相談を、初期の段階で報道機関として公にしなかったこと、あるいは結果的に後出したことです。この点において、テレビ朝日が被害者の立ち位置にいることに、世間は違和感をいだいているのではないでしょうか。
 この件については色々な意見が出ていて、セクハラがあったのか否かに重きを置いている方もたくさんいるけど、私は本当に追求しなければいけない問題点はセクハラだけではないと思う。
 そもそも、考えるべきは、世の中が女性を売りにしなければならない、利用しなければならないということ。誰も彼もがそれぞれの形で“女性を利用している”ということが問題だと思う。
女性が女性であることを利用する
 今回のケースから見える“女性を利用している人たち”は大きく3つに分けられると思うんだけど、まずは女性が、自らが女性であることを利用している場合ね。
 今回の女性がどうだったかはわからないけど、女性のなかには自らが女性であることを利用して近付く人もいるわけ。つまり、色仕掛け。
 今回のように公務ではない、プライベートな場での会話を切り貼りをした音声データを証拠として人を追い込んでしまえる前例ができると、今後もこの手法が使われてしまう可能性すらあると思う。
女性を利用するメディア業界
 なぜ女性が自社ではなく、他の媒体にリークせざるを得なかったのか。むしろ、ここがもっと問題視されるべきだった。
 テレビ朝日は今後の取材に響くと思って、女性からのセクハラの訴えを黙殺したと思われてもいたしかたない。
 女性を利用して対象に接近させるスタイルでしか取材ができない、もしくは情報を得られないような状況自体が問題なわけ。若くて綺麗な女性が取材にきたら、ついつい堅い口を開く男性も多いでしょ。
 そして、「#metoo」が話題になったとき、マスコミは実名で名乗り出た女性たちのことを報道しておきながら、いざ自分たちの内部で起きたときには、切り貼りした音源のような、定かでないものを証拠にしているのはおかしいと思う。そんな姿勢でいいのかなと思いました。
 だけど、このことに対してマスコミ全体、言い淀んでいる感じがあるでしょ。つまり、これはテレビ朝日に限ったことじゃなく、マスコミ全体に蔓延ってしまっている取材スタイルだということ。
 セクハラをするおじさんも気持ち悪いけど、こうした“女性を利用したやり方で取材をする”ということも、それと同様に気持ち悪いことだと思う。
 こうしたメディアに対する不信感の集積も一因となって、テレビ離れが起きているのに、なかの人たちがそのことに気付いていない。商品でいえば不買運動なのよ、これは。いい加減、自分たちでこういう取材スタイルを止めていこうとする自浄作用が生まれなくちゃならないよね。
政権叩きに女性を利用している人たち
 メディア業界全体で女性がバカにされているっていうことでしょ。だったら真っ先にフェミニスト団体は声を上げなければならない。だけど、一部の女性議員から聞こえてくる声は、政権叩きの声。
 今回の件も、政権を叩く格好の材料だと言わんばかりの姿勢には疑問を感じます。こんな状態では、いくら「#metoo」などと綺麗事を言っても、男女平等になるなんて程遠いよね。
 そして重要なのは、視聴者も、こうしたメディア業界の、ときに“女性を利用した”取材から得た情報を享受しているんだということを自覚しないといけないということ。
 それがおかしいということを女性全体から声を上げなくてはならないと思います。
<構成・文/岸沙織>

渡部昇一の 国民のコモン・センスを守り育ててきた一生
2018/02/11
渡部昇一の 国民のコモン・センスを守り育ててきた一生
Japan On the Globe(1049)■■ 国際派日本人養成講座 ■■
人物探訪:渡部昇一
〜 国民のコモン・センスを守り育ててきた一生
「素人の知」で専門家の暴走を批判し、国民の「共有された思慮分別」を守り育ててきた一生。
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■1.“素人の人”

 渡部昇一氏が亡くなって、もうすぐ1年経つ。渡部氏の編集者として20余年にわたって20点以上の著書の編集を行ってきた松崎之貞(ゆきさだ)氏は、「連峰」のような「知の巨人」だった、と評する。

 渡部氏は英文法専攻として出発したが、「和歌の前の平等」という国文学での卓見を発表し[a]、文部省が教科書検定で「侵略」を「進出」に書き換えさせたという新聞報道を誤報であると指摘して沈静化させ、さらには「南京事件」や「従軍慰安婦」での歴史戦争の最前線で戦ってきた[b]。

 これら以外にも人間学、知的生活などの分野でも多くの著書を残しており、まさに「連峰」型の知の巨人である。ただここで注意すべきは、英文法以外のすべての分野で渡部氏は「素人」だった、という事である。松崎氏は、この点を次のように論評している。

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 渡部昇一は“素人の人”である。

 何事であろうと、素人として疑問を感じると、相手が大家であれ、斯界の権威であれ、その疑問をぶつけるからだ。「素人が口を出すな」といわれようと、おかしいと思ったらそれを口にする。あるいは文章にして発表する。ジャーナリスト・立花隆との論戦に発展した「角栄裁判」のケースなど、その格好のケース例である。[1, p191]
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「角栄裁判」のケースでは、元首相・田中角栄がロッキードから5億円を受けとったとして一審で有罪判決が出て、角栄側が控訴すると、元最高裁長官が「一審の判決に服すべきだ」と発言した。これに対して、一審に不服があれば、高裁、最高裁に上告できるというのは国民の権利ではないか、と渡部氏は批判したのである。

 元最高裁長官と言えば法学の最高権威である。それに英文法学者が法律の問題で立ち向かったのだから、ドン・キホーテ並みの突進もいいところだ。一方、この長官は「渡部氏は法律の専門家でもないから反論しなかった」と発言したと伝えられている。

 素人なのに最高権威にも立ち向かっていく渡部氏と、素人相手の議論はしない専門家と、姿勢の違いは鮮明である。


■2.素人の国民が言挙げするのが民主主義の基本原理

 たとえば英文法というような特殊な学問分野なら、専門家が素人とは議論しないというのはあっても良いだろうが、こと国政上の問題に関して「素人とは議論しない」という姿勢は、民主主義政治の根幹を否定する姿勢である。

 そもそも民主主義とは、一般国民が政治上の決定権を持つ制度である。政治家は自らの主張を国民に訴え、国民がその賛否を選挙における投票で示す。同様に最高裁判所の裁判官に関しても、国民審査の投票によって、その職責にふさわしくない者は解任される。したがって、裁判官もその判決について一般国民に判りやすいように説明する責任がある。

 一般国民とはほとんどの国政上の問題に関して素人であり、政治家や裁判官は専門家である(はずだ)。したがって、政治や裁判の問題に関して、専門家が素人とは議論しないと言ったら、それは国民の主権を無視した姿勢である、ということになる。

 民主主義社会では、素人の国民が政治や裁判でおかしいと思ったことは、どしどし言挙げをするというのが基本原理である。それを徹底的に行ったのが渡部氏であった。


■3.身の危険も顧みずに

 もっとも床屋談義で素人があれこれ言いたいことを言うのは簡単だが、渡部氏の場合は公の場で発言したり、文章で発表する。この「角栄裁判」のケースでは、雑誌『諸君』昭和59(1984)年1月号に「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」と題して、60枚もの文章を発表しているのである。

 しかも当時の左翼が敵視していた田中角栄を弁護するだけに、その中に間違いでもあれば、集中砲火を浴びるリスクも大きかった。実際にジャーナリストの立花隆は「あまりにお粗末な議論」などと罵倒し、「朝日ジャーナル」で「ロッキード裁判批判を斬る〜幕間(まくあい)のピエロたち」という連載で渡部氏批判を始めた。

 立花は法律の専門家ではないが、膨大な『ロッキード裁判傍聴記』を書き続けており、この裁判に関しては詳細を知り尽くした専門家である。その「渡部昇一の『知的煽動の方法』」「渡部昇一の『探偵ごっこ』」などと揶揄調の論法に対して、渡部氏は「立花隆氏にあえて借問す」と真剣な議論を挑んだ。


■4.憲法違反の判例が固定化されたら、わが国はどうなるのか

 渡部氏があえて「暗黒裁判」と呼んだのは、検察側がロッキード社側の証人に刑事免責を与えて証言を得ており、弁護側の反対尋問を許さない点にあった。これは「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ」という憲法第三十七条に違反する所為であった。

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 刑事被告人が検事側証人に対して反対尋問するという、現憲法に明記されている重大な権利を否定するという判例をそのままにしておいてよいのか。[1, p195]
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 こんな憲法違反の判例が固定化されたら、わが国はどうなるのか、という危機感が渡部氏を突き動かしていた。渡部氏の主張が正しい事は、後の最高裁判決でも追認された。

「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」への取り組みでもそうだが、渡部氏が敢えて素人ながら専門外の問題に果敢に挑んだのは、その道の専門家たちの暴走が国の行く末を危うくすると思われた時だった。国の将来を危うくする問題に関しては、その道の専門家に対しても、自らのリスクなど考えずに挑戦していったのである。


■5.「素人としての知」をどう身につけるか

 国の前途を憂う渡部氏の危機感が専門外での多様な著作群をもたらし、それによって多くの国民が啓蒙された。この危機感が氏の豊穣な知的生産の原動力だったのだが、我々一般国民として、もう一つ学ぶべきなのは、多くの分野の専門家にも屈しない「素人としての知」を渡部氏がどのように身につけたのか、という点である。

 この「素人としての知」は、国民が素人として様々な分野の専門家を使っていかねばならない民主国家の欠くべからざる基礎である。この「素人としての知」がなければ、国民は政治家、裁判官、ジャーナリストなどの専門家に操られる愚民に過ぎなくなる。

「素人としての知」を育てる秘訣を、渡部氏自身が若い頃に学んだと思われる逸話が残っている。

 渡部氏の両親は貧しくて、小学校の卒業証書も持っていなかった。その母親・八重野が、戦後まもなくの頃、東大経済学部教授・大内兵衛の「鉄、石炭といった重要な物資は私企業に任せると格差が生じるから、国家が管理して公平に配分すべきだ」という趣旨の主張を小耳に挟んで、こう言ったという。

「それは配給にしろということじゃないの。勝手に商売させないような政治はどんなに立派なことをいってもダメよ」と。小学校も出ていない母親が、東大教授の論をばっさり切り捨てたのである。

 渡部氏は後年、ノーベル経済学賞を受賞するフリードリヒ・フォン・ハイエクが何度も来日講演をした時に通訳を務めた。そしてハイエクから学んだ事を次のように要約している。

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 ハイエクがいいたかったのは(中略)自由市場に政府が干渉すると結局人間の自由が根こそぎ失われるということなのである。[1, p101]
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 自由市場経済を否定する共産主義や全体主義が独裁国家と化し、多くの国民を虐殺・虐待した事が20世紀の人類の経験した巨大な悲劇であった。その悲劇がなぜ生まれるのか、を分析したのがハイエクの学問だったのだが、小学校も卒業していない母親が、ノーベル賞を受賞した経済学者と同じ事を言っていたのである。


■6.現実の経験か、机上の空論か

 なぜ無学の母親がノーベル賞経済学者と同じ指摘ができたのか。この点は「それは配給にしろということじゃないの」という言葉が明らかにしている。戦時中の国家総動員体制で行われた配給制度は、一種の計画経済であった。それに真面目に従う人はひどい目に遭い、ずる賢い人は闇市で儲けたという経験を母親は味わっていたのだろう。

 いくら東大教授が崇高な理想と合理的な理論を持って説いても、それが配給の失敗という現実の経験に基づいていなければ、机上の空論である。実際の経験よりも机上の理論を重視するというのは、多くの専門家が陥りやすい陥穽である。

 フランス革命もロシア革命もシナ革命も、机上の空論を強行し、人類全体で1億人とも言われる犠牲者を出した。「人間はそれほど賢くない。我々が知らないことは沢山ある。だから一歩ずつ、闇夜を手探りで前進していこう」というのが、健全な保守主義者の姿勢なのである。

 この闇夜の例を使えば、計画経済でやっていこうというのは、頭で考えだした地図に基づいて、闇の中を突っ走るようなものだ。地図に書かれていない岩でもあれば、躓いて大怪我をしてしまう。

 そして専門家ほど自分の専門分野に自信を持っているので、闇夜の岩に躓きやすいのである。現実世界でどこにも成功したことのない共産主義にあれほど多くの知識人が惑わされた原因もここにある。


■7.「本当に分かる」ということ

 現実の経験に基づいて自分の頭で考えるという姿勢が、渡部氏の場合は常人離れして徹底していた。それを教えてくれたのが、旧制山形県立鶴岡中学校で渡部氏が出会って生涯の師と仰いだ老英語教師・佐藤順太だった。

 佐藤先生は17世紀のイギリスの哲学者フランシス・ベーコンのエッセイ「学問について」を取り上げ、文法から単語の意味まで精しく吟味していく。1時間に1行しか進まない時も何回もあった。渡部氏には、それがゾクゾクするほど面白かった。

 ある時、佐藤先生から「"nowadays"(近ごろ)という単語にはなぜsがついているのか?」と問われた。「s」が複数形を作るということを覚えていただけでは、説明にはならない。ほかの英文科の先生たちに聞いて回ったが、誰も答えられない。

 それが分かったのは2年後、渡部氏が大学に入って、英文法の本を読んでいたときだった。Sには副詞を作るという強力な働きがある。夏休みに帰省して、佐藤先生にこの発見を伝えると、にっこりとして「そういう疑問を一つでも自分で解くと、うんと力が伸びるものだ」と言われた。

「本当に分かる」とはどういう事が分かると、渡部氏は「わからない」と言うことを怖れなくなった。大学の英文科ではむずかしい話をわかったように偉そうに言うのが普通であったが、渡部氏は英詩の大部分は不自然でわからない、と公言して憚らなかった。

 後にアメリカの大学に招聘されて一年間を過ごした時に、日本語の講談や捕物帖はゾクゾクするほど面白く読めるのに、なぜ英語の小説は面白く読めないのか、と考え、「自分の英語は本物ではない」と結論づけた。それからアメリカの通俗小説を読み続け、ついには身体がゾクゾクするほど面白く読めるようになった。

 このように「分からない」という事を恐れないから、「角栄裁判」にしろ「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」にしろ、自分が本当に分かるまで追求していく。

 特に左翼の専門家は、マルクスが大英帝国図書館の机上で壮大な理論をでっちあげたDNAを継承しているせいか、事実無視の思い込み、知ったかぶりが多いから、事実を丹念に調べて、自分が本当に分かるまで追求していく、という渡部氏の姿勢にはひとたまりもなく虚構が暴かれてしまうのである。


■8.共同体の中で「共有された思慮分別」

 こうした渡部氏の「素人の知」を大切にした姿勢を辿ってみると、"Common Sense"という言葉がしきりに思い浮かぶ。"Common"とは共同体の中で「共有された」という意味で、たとえばボストン・コモンと言えば、もともとボストンの市民が牛の放牧で共有して使っていた土地である。"Sense"は日本語で言えば「思慮分別」という言葉がぴったりする。

 したがって"Common Sense"と言えば、「共有された思慮分別」となる。一部の専門家だけが持っている知識や理論ではない。良き国民であれば、同様の思慮分別を共有しているはずだ、という前提がその背後にはある。しかも、この「共有された思慮分別」は共同体に属する人々が、代々の歴史的経験から蓄積してきたものである。

「素人の知」と言えば、いかにも「専門家の知」に比べて低級に感じられるが、それは共同体の中で蓄積され、共有されてきた思慮分別なのである。たとえば、戦時下の配給制度のひどさを体験した人々は、渡部氏の小学校も出ていない母親が「勝手に商売させないような政治はどんなに立派なことをいってもダメよ」という言葉に共感しただろう。

 こうした"common sense"で結ばれた共同体としての国民が、専門家としての議員や行政官を選んで使うのが民主主義の原理である。

 渡部氏が生涯を通じて追求してきたのは、徹底した素人の、すなわち一般国民の立場から、歴史家やジャーナリスト、裁判官など専門家の暴走を批判し、それによって国民の"Common Sense"を守り、深めてきたことではなかったか。とすれば、渡部氏の生き様を天才として敬して遠ざけるのは、氏の本望ではないだろう。

 国民一人ひとりが自身の体験をもとに「本当に分かる」まで、物事を突き詰めて考える、それによって心中の「共有された思慮分別」の根っこを太く深く伸ばしていく。それが自由民主主義国家としての日本を強くし、ひいては日本国民をより幸福にしていく道なのである。我々が渡部氏から学ぶべきは、この道だろう。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(702) 日本語が育てる情緒と思考
 情緒を養う大和言葉の上に、論理的思考を支える外来語を移入して、我が国は独自の文明を発展させてきた。
http://blog.jog-net.jp/201106/article_2.html

b. JOG(913) 「歴史戦争」を斬り返す 〜 渡部昇一『歴史の授業』から
「我々の子孫にそんな思いをさせては、いかんのですよ」との思いで、85歳の老碩学が「歴史戦争」を戦っている。
http://blog.jog-net.jp/201508/article_5.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 松崎之貞『「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一』★★★、ビジネス社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4828419845/japanontheg01-22/

日本てどんな国?
2018/01/28

Japan On the Globe(1047)■国際派日本人養成講座■H30.01.28

Common Sense: 「日本て、どんな国?」と聞かれたら
 外国人に日本を説明するとっておきの方法。
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■拙著 第5弾『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』
 1/29発売、アマゾンにて予約受付中。
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594079032/japanontheg01-22/

万民の幸せを願う皇室の祈りこそ、日本人の利他心の源泉。
弊紙の過去の記事を増補改訂。

著者による紹介ビデオ
http://www.ikuhosha.co.jp/public/introduction07903.html
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■1.「日本て、どんな国?」

 最近、ある大学で非常勤講師として日本文化論の講義を担当させていただくようになった。文化論を理屈として講義しても面白くないだろうから、なるべく学生諸君に課題を与えて考えてもらうように心がけた。そこで講義の冒頭に「皆さんが外国に行ったり、日本で外国人旅行者と出会って、日本てどんな国?、と聞かれたら、どう答えますか?」と質問した。

 40人ほどのクラスで、留学生も7,8人いた。答えとして、「安全な国」「清潔な国」「皆が親切」などと肯定的な評価がほとんどだったのは嬉しく聞いた。しかし日本に来たばかりの韓国客や、まだ日本を見たことも無い人々に対して、このように感覚的、定性的な答えを出しても、あまりパンチは効かないだろう。

 それよりは、なるべく定量的な、かつ聞いた人が自国と比べられるような答えの方がインパクトがある。例えば、私が最初にイタリアに赴任した時に、日本で習ったイタリア語がどれだけ通じるかのテストを兼ねて、運転手に「日本の天皇は125代目だ」と語った。

 運転士は大変驚いて、「マンマ、ミーア!」と言った。「私のお母さん」という語義だが、日本語に訳せば「ひぇー」というところか。これは10秒で日本の凄さを言い表す殺し文句なのである。


■2.先入観の裏をかく

 最近、扶桑社から出版された『英語対訳で学ぶ日本 歴史と文化の1111項目』[1]は、外国人に日本を伝えるための好書である。今回はその中から、「日本て、どんな国?」という質問に答えるための面白いトピックスをいくつか紹介しよう。

 日本というと小綺麗に盛り付けされた日本料理など、細やかな美的イメージでとらえる外国人が多いが、その先入観の裏をかいて、スケールの大きな建造物などの話をするのも、ご愛敬だろう。たとえばこの本では仁徳天皇陵について次のように説明している。

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 仁徳天皇陵(大仙古墳)は、全長486m、高さ35m、三重の濠を含めた総面積は約46万m2という巨大な前方後円墳である。面積では、秦の始皇帝陵およびエジプトのクフ王のピラミッドを凌ぐ世界最大である。[1, p30]
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 約46万平方メートルと言っても、ピンとこないだろうから、例えばヨーロッパ最大のサッカースタジアム、約10万人を収容できるスペインのカンプ・ノウと比べるてみよう。カンプ・ノウは敷地面積5万5千平方メートルというから、その8倍以上である。欧州最大のサッカースタジアム8個分の面積と言えば、その巨大さが想像できよう。


■3.英語学習に適した英訳

 この部分の、英訳も見ておこう。

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The tomb of Emperor Nintoku (Daisen Kofun) is a giant keyhole-shaped burial mound, 486m in total length, 35m in height, and 460,000m2 in overall area including the triple moat around the outside.
In area, Emperor Nintoku's tomb is the largest in the world,surpassing Qin Shihuangdi's tomb and the pyramid for the pharaoh Khufu in Egypt.[1, p31]
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 前方後円墳を「a keyhole-shaped burial mound」というのは初めて知ったが、「鍵穴の形をした墳墓」と言う意味で、英語国民には簡単に理解できるだろう。そのほか、やや難しい単語には「moat (モ’ウト:堀)」などと注釈もついている。

 このような聞き慣れない専門用語や固有名詞はあるものの、英文としては平明な文体で、そのまま暗記してしまえば、英作文の力がつく。英語で自分の考えを主張するには、短い言い回しをオウムのように繰り返すよりも、このような中身のある論理的な文章を丸暗記した方が効果的である。


■4.始皇帝陵と仁徳天皇陵の違い

 大きさよりも大事なのは、この墳墓がどのように造られたかだ。秦の始皇帝は巨大な墓や万里の長城の建設に人民を酷使し、それが原因の一つとなって、秦王朝はわずか15年で滅亡してしまった。仁徳天皇陵は全く異なる。

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 この墓は、土の総量だけでも10トントラック25万台分といわれ、1日2000人が働いたとしても、約16年間を要する大土木工事だった。『古事記』『日本書紀』によると、仁徳天皇が善政を行ったため民から慕われ、工事に当たっては老いも若きも力を合わせた。

 仁徳天皇は村々の疲弊を憂慮し、これを救済するため3年間徴税をやめ、その結果自身の生活が困窮しつつも、民の暮らしが回復したことを喜んだという伝承がある。後の天皇は御製で仁徳天皇をたたえた。[1, p30]
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 人民を独裁権力で酷使して造った墳墓と、人民が君主を慕って力を合わせて造った墳墓と、性格がまるで違うのである。中国の皇帝は人民を自分の「私有財産」と考えて搾取するから、その反乱にあって国が長続きしない。長続きしても数百年毎には、大規模な内乱が起こって王朝が交替する。

 中国5千年と言うが、現在の中華人民共和国は70年足らずの歴史しかない。その前の清朝も3百年足らず、しかも満洲族の王朝で、漢民族はその下で植民地支配を受けていたに過ぎない。


■5.高さ96mの高層木造建築

 もう一つ、日本の国柄を物語る巨大建築物が出雲大社である。古代日本の優れた土木建築技術を窺うこともできる。

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 平安時代の出雲には高床式の建物が聳(そび)え立っていた。その高さは48m(地面から床までの高さ30m)、加えて、前面に長さ
109mの長大な階段があった。それが出雲大社の本殿である。

 出雲大社の祭祀を代々掌(つかさど)ってきた家に伝わる史料によれば、出雲大社の神殿は、上古は約96m、中古は約48m、現在は約24mとあり、一番細い柱でも約3mの太さだという。[1, p56]
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 96mと言えば、現代のビルでも20数階に相当する。それほどの高層木造建築が、はるか神話の時代に建てられていたのである。そして、その由来にも日本の国柄がうかがわれる。

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 この巨大な本殿は、神話に見える神々の約束に由来する。日本の国土を開発した大国主(おおくにぬし)の命が、天照大神を中心とした神々に臣従する前提としてつくられたのが出雲大社であり、その約束に従って、大国主命は皇室と国家の繁栄と安泰を祈る役割を引き受けたのである。[1, p56]
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 日本国の統一に際して、国土開発に功のあった大国主の命が皇室に「国譲り」をし、皇室の先祖は大国主のために出雲大社を創建された。以来、大国主の命はそこから皇室と国家の繁栄と安泰を祈ってきたのだった。このような平和的な国家統合がわが国の特徴であった。

 こうして唯一の王朝のもとで、平和と繁栄を享受してきたからこそ、わが国は巨大な古墳や神殿を数多く作り、それらを維持できたのである。この点は、いくら国が大きくとも、数百年ごとに王朝の交代に伴う内乱を繰り返してきた中国とは大きな違いがある。


■6.「身分や地域を超えた国民的歌集」

 世界最大と言えば、「万葉集」も世界最大の歌集と言えるようだ。しかも、7、8世紀の歌を集めた、世界最古の歌集とも言われる。最古、最大というだけでなく、その性格がまた日本の国柄を表している。

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 歌の作者は、天皇から農民や防人(さきもり)、貧しい人々にまでおよぶ。年齢や地域も様々であり、男女の差別もない。
内容も、国を見渡すようなものから、恋の歌や日々の生活を述べたものまであり、当時では世界に類例を見ないほど多彩である。身分や地域を超えた国民的歌集が完成していたということは、そのころの人々が、共通の言葉を使い、感動を共有することができたことを示している。[1, p50]
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 日本以外の国では、詩は専門詩人が作り、国民の中のごく一部の教養階級がそれを味わうものだ。ところが日本では、農民や兵士に至るまで、和歌を作っている。そして良い和歌を作るには、作歌の技術よりも良き真心が大切だ、と考えられていた。

 良い歌なら身分や貧富、男女を問わず集めたという事は、人間の外形的な違いよりも、真心を重視する、という文化的伝統の現れなのである。

 これに続いて、同書ではもう一つ大事な点を指摘している。

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 すぐれた歌をつくれば、立場に関係なく歌集に採用されるという伝統は、今日にも引き継がれている。たとえば、毎年、新年に皇居で行われる「歌会始(うたかいはじめ)の儀 」には、すぐれた歌をつくった中学生や高校生が招待されることも珍しくない。[1, p50]
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 皇室が125代も続いているのと同様、国民の歌を通じて真心を通わせるという伝統は、万葉集以来、今も歌会始で続いている。この伝統の継続性は、世界でも類を見ないものであろう。


■7.「古くからのものと新しいものがたくみに共存」

 伝統の継続性のもう一つの表れは、老舗企業が多いということだ。

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 日本には創業200年以上の企業が3500社ほどあると言われている。この数は2位以下のドイツ、フランス、イギリスなどを大きく引き離している。創業100年以上の企業となると、製造業だけでも4万5000社ほどあり、さらに創業1000年以上の会社もある。これほど老舗の多い国は他にはない。[1, p218]
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 この点も、なぜかと問えば、わが国の国柄に行き着く。

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 これは日本人が、外部環境の変化に対する柔軟な適応力と進取の気性を発揮して、歴史の荒波を乗り越えてきたことの証(あかし)ともいえる。内乱や外国との戦争もあったが、異なる民族が入り乱れての動乱は起こらなかった。日本は、外国の植民地になったこともない。日本人の精神のありかたが今日まで変わることなく続いている。

 老舗に限らず、日本は古くからのものと新しいものがたくみに共存している。古いものが否定されることなく、新しいものとたくみに融合しているのが、わが国の歴史の特色ということができる。[1, p218]
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 最先端の現代文明が、神話地代からの伝統文化と共存している事は、世界でも珍しい現象であって、これに魅了される外国人訪問客も少なくない。世界の多くの国々は、現代文明と伝統文化の両立をいかに図るかという難題に苦しんでいる。日本社会は、それが不可能でない事を示しているのである。


■8.なぜ天皇は125代も続いてきたのか

 伝統の継続性の根幹は、やはり皇室に行き着く。同書は「日本人と天皇」の項で、次のように述べる。

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 現在、君主制を敷く20数か国のうちで、日本はその歴史が最も古い。天皇をさかのぼれば神話に行き着く。実年代は今も不明だが、始まったのはおよそ2000年前と言われている。19世紀には「エンペラー」(emperor) と呼ばれる統治者が世界に10人ほどいたが、次々に失われ、現在は日本の天皇ただ一人となった。[1, p232]
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 人類史上の奇跡とも言うべき事実だが、同書はその理由を次のように簡潔に説明している。

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 しかし天皇は歴史上、強大な権力を誇ったのは一時期のことで、そのほとんどは権力を持たず、権威のみを有してきた。実力を有した貴族や武将たちが天皇に取って代わることはかつて一度もなく、彼らは天皇から統治の正統性を与えられる地位を選んできた。

 このような立場で天皇が存続し得たのは、存続を願う多くの国民によって支えられてきたからである。天皇は自ら神々を祭り、常に民の幸福と国家の平安を祈ることを務めとしてきた。その結果、人々の尊敬を失うことなく古代から現代にまで至ったのである。[1, p232]
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「天皇は自ら神々を祭り、常に民の幸福と国家の平安を祈ることを務めとしてきた」という点は、拙著第5弾『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』[a]で、歴代天皇の事績を踏まえて論じているので、参照いただきたい。

 皇室が125代も続いてきたこと、言い換えれば代々の国民が皇室を護持してきたこと。その史実自体が日本の伝統の継続性の象徴であるとともに、巨大古墳や寺社、万葉集などの、世界にも稀な文化遺産を築き、守ってきた原動力でもあるのである。

 この点を踏まえれば、「日本でどんな国?」との質問に対する答えは やはり一つしかない。「125代の天皇が続いてきた国」である。もうすぐ126代となるが。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■
a. 伊勢雅臣『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』、育鵬社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594079032/japanontheg01-22/
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 麗澤大学「学び伝えよう日本」プロジェクト (著), 中山理 (監修)『英語対訳で学ぶ日本 歴史と文化の111項目』★★★、扶桑社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594078842/japanontheg01-22/

発句
2018/01/22
正月や命もいらず名もいらず  ゆ

事大と内紛の韓国近代小史
2018/01/14
Japan On the Globe(1045) 国際派日本人養成講座■H30.01.14より転載
地球史探訪:事大と内紛の韓国近代小史
   福澤諭吉曰く「違約背信は彼らの持前」。

■1.「違約背信は彼らの持前(もちまえ、本性)」

「違約背信は彼らの持前(もちまえ、本性)」「朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して」などと、今日ならヘイトスピーチと言われそうな発言が120年前の新聞紙上でなされた。福澤諭吉が明治30(1897)年に『時事新報』に書いた論説である。[1, p130]

 現在の慰安婦問題に関する文在寅政権の迷走ぶりを見たら、福澤は草場の陰でため息をついているだろう。「120年経っても朝鮮人は変わらない」と。

 2年前に「最終的かつ不可逆的に」解決したという合意がなされ、韓国は日本政府から元慰安婦への支援金10億円を受け取ったが、ソウル日本大使館前の慰安婦像はそのまま、他地域での慰安婦像建立も続いている。

 文在寅政権は、交渉過程を一方的に公表し、なおかつ「当事者(元慰安婦の女性)と国民を排除した政治的な合意」と非難した。日本政府が厳しく反発すると、今度は「再交渉は求めない」と後退したが、韓国政府が10億円を拠出するという意味不明の方針を表明し、「被害者が望んでいるのは自発的かつ心からの謝罪だ」などと注文をつけた。

__________
合意成立時点でこの件は「韓国の国内問題」(政府高官)である。今さら文氏が、騒ごうがどうしようが「ホント何言っているんだって感じだ」(外務省幹部)と突き放している。
「韓国は放っておくということだ。まあ別に、こんな表明をしても、国際社会から笑われるだけだから」[2]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 というのも、当然の反応だろう。この感想は福澤の発言とよく通じている。アジア経済を専門としてきた渡辺利夫・拓殖大学前総長の最新刊『決定版 脱亜論』[2]は日本と中国・朝鮮との近代国交史をふり返りつつ、福澤諭吉のその時々の考えを辿っていく。現代日本人が深く共感する体験を、我々の先人もしてきた事が判る。


■2.「隣家の焼亡豈(あに)恐れざる可(べ)けんや」

 福澤諭吉は当初、朝鮮の近代化のために多くの朝鮮人青年たちを支援した。明治14(1881)年、李朝の国王高宗は明治維新に関心を寄せ、62名からなる「紳士遊覧団」を日本に派遣した。そのうちの2名を福澤は自邸に寄宿させ、慶應義塾に通わせた。これがきっかけとなり、その後多くの朝鮮人が福澤を訪れるようになった。

「紳士遊覧団」から、日本の文明開花の様子を聞いた開化派のリーダー金玉均は強い感銘を受けて、自らも訪日の決意を固め、国王の内命を受けた。明治15(1882)年、来日して、福澤の別邸に寄宿し、福澤に紹介された朝野の中心人物と議論を重ねた。

 朝鮮近代化支援の動機を、当時の福澤は次のように語っている。

__________
 西人東に迫るの勢は火の蔓延するがごとし。隣家の焼亡豈(あに)恐れざる可(べ)けんや。
(西洋人が東洋に迫る勢いは火事が広がるようなものである。隣家の火事をどうして恐れないでいられようか。)
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 朝鮮が近代化に背を向けていれば、欧米の侵略の餌食となってしまい、日本の独立も危うくなる。この切迫した危機感から福澤は朝鮮開化派を支援したのであった。


■3.大院君のクーデター

 日本滞在が3ヶ月を過ぎた明治15年7月、壬午(じんご)事変の報を聞き、金玉均は急いで帰国した。高宗の実父、大院君は今まで政権から遠ざけられていたが、権力を握っていた高宗の王妃・閔妃(みんび)一族に対してクーデターを起こしたのである。

 大院君は軍政近代化で罷免された兵士たちを扇動して王宮に乱入させ、閔妃一派の重臣を殺害させた。乱兵は近代化を後押しする日本公使館をも焼き討ちし、多数の日本人を虐殺した。閔妃は危うい所で王宮を逃れ、高宗を操って清国軍の派遣を要請させた。大義名分の立った清国は5千の兵を送って乱兵を鎮圧し、事変の首魁である大院君を清国に拉致・拘束した。

 朝鮮政府は、日本政府に対し乱徒の行動を謝罪・補償し、同年10月に再び使節団を送った。金玉均も同行し、福澤諭吉による指導と支援を受けた。この頃から朝鮮留学生の数が増え、福澤は彼らの大半を陸軍戸山学校に在学させ、軍事教練も受けさせた。

 さらに福澤は門下生を朝鮮に送り、近代化を助けようとした。朝鮮最初の新聞『漢城旬報』を創刊し、文明開花の必要性を説いた。さらにこれをハングル版の大衆紙として、開化派の拠り所とした。福澤は暗号電信で金玉均への指示を行い、時々調達した武器などを送ったりした。

 しかしこの時期、権勢を張る閔妃一族のもとで開化派は押さえつけられていた。閔妃一族は清への服属を確認し、日本式改革を捨てた。事変後も清は3千の軍隊の韓国駐留を続け、韓国の軍隊もその清国司令官の統括下におかれた。大国に事(つか)える事大主義そのものである。


■4.金玉均のクーデター

 明治17(1884)年12月、清仏戦争で清が敗れた機に乗じて、金玉均以下、開化派同志40数名、日本兵、日本人壮士30名で守旧派の6大官僚を殺害し、翌日、国王の裁可を得て、開化派官僚が中心となった新政府を樹立した。

 しかしすぐに袁世凱率いる清軍600人が王宮に侵入し、抵抗する日本兵を全滅させた。金玉均らは日本大使館に逃げ込んだ。袁世凱の命令を受けた守旧派官僚は高宗の自由を拘束した上で、臨時政府を樹立し、日本公使館に金玉均らの身柄引き渡しを迫った。

 日本公使館はこれを拒否し、金玉均らを船に乗せて日本に送った。福澤邸に現れた金玉均らに対して福澤は「よく生きていた」と迎えた。その後、清国と朝鮮は金玉均を逆賊として何度も引き渡しを要求したが、日本政府はこれに応じず、金は日本で10年余の亡命生活を送った。


■5.「我は心においてアジア東方の悪友を謝絶するものなり」

 明治27(1894)年、駐日清国公使は金玉均に、ロシアの東方攻略が活発化しており、これに対抗するために日清連携が不可避であること、それに伴い朝鮮宮廷の革新の相談のために、上海に来られたい、との李鴻章の意を伝えた。

 金玉均は、これが罠だと直感したが、万が一でも開化派再興の可能性が開かれるのであれば、それに賭けて上海に行こうと決意した。福澤は翻意を促したが、彼の覚悟は動かなかった。

 金玉均は長崎から上海にわたり、そこで朝鮮から送られた刺客に頭を撃ち抜かれた。李鴻章は暗殺の成功について、国王に祝電を送ったという。金玉均の遺体は韓国に送られ、 首と両手両足を切断され、それぞれ各地の路傍に晒され、鳥や犬の食うがままにされた。古くから伝わる中国式の残虐きわまる極刑である。

 母と妹はすでにクーデター失敗の直後に毒を煽って自裁しており、弟は獄死。獄中で生きていた実父は遺体の到着と同時に、銃殺刑に処せられた。

 暗殺の手口と刑の残虐さに、日本人の清・韓両国への反感は沸騰した。浅草東本願寺別院で行われた金玉均の法要には千数百人が集まり、有力新聞社15社は金玉均の死を悼む社説を掲載し、連名で追悼義金の募集に当たった。

 福澤が「脱亜論」を書いたのは、この直後である。「隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの余裕あるべからず」(隣国が開明するまで待ってからアジアを興すだけの余裕はない)と清・韓の近代化の望みを捨て、「悪友を親しむ者は共に悪名を免れるべからず」(悪友と親しいものは共に悪友とみなされてしまうのは致し方ない)として、次の有名な一節で結ぶ。

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我は心においてアジア東方の悪友を謝絶するものなり。
(私は少なくとも心中においてはアジア東方の悪友とは交友を絶ちたいと考えている)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 現実政治においては隣国のことゆえ、完全に縁切りとはいかないが、少なくとも「心において」絶交する、という。母国のために命をかけて尽くそうとしてきた金玉均らに、これほど卑怯で酷い仕打ちをする清・韓両国への絶望と怒りの声であった。

■6.三国干渉の途端、ロシアへの事大

 しかし、日本政府はまだ、韓国を清国支配から切り離して自主独立の国としようという考えを捨てなかった。それに対して、朝鮮をあくまでも服属国とする清国との対決は不可避であった。こうして日清戦争が始まった。

 日清戦争が日本の勝利で終わり、日清講和条約が結ばれたが、その第一条は「清国は朝鮮国の完全無欠なる独立自主の国たることを確認す」であった。日本は親日派・金弘集を首班とする内閣を組織させ、日本主導の改革を開始しようとした。

 しかし、ロシアを中心とする三国干渉に日本が屈すると、朝鮮政府内ではまた事大主義が頭をもたげ、親露派がにわかに勢いを増した。ロシア公使カール・ウェーバーもこれを好機とみて、閔妃一族に取り入った。閔妃はロシアの言うことを聞いて、内閣から開化派を駆逐し、日本が始めようとしていた改革を退けた。

 追放された開化派は日本と組み、閔妃の排除を企図した。駐韓公使・三浦梧楼(ごろう)が擁立した大院君は、開化派官僚、朝鮮訓練隊、日本人壮士を引き連れて王宮に侵入し、その混乱の中で閔妃は殺害された。ウェーバーは国王・高宗をロシア公使館に移し、開化派官僚を左遷。さらに総理・金弘集を処刑し、屍を市街地に晒すと言う残忍さを見せつけた。

 日清戦争を戦って日本はようやく韓国を清の服属国から離脱させた途端に、韓国は事実上、ロシアの属国になってしまったのである。これが日露戦争の遠因となる。

 こうして、朝鮮が近代化どころか、内紛と事大に流されていくのを見て、福澤の挫折感は一段と大きくなった。それが冒頭で紹介した「背信違約は彼らの持前」「朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して」という憤懣(ふんまん)の声につながる。


■7.国際社会から相手にされなかったハーグ密使

 日露戦争もまた朝鮮半島をロシアの勢力圏に入れまいとする所から起こった。宣戦の詔勅には「韓国の存亡は実に帝国安危の繋がる所」という一節があった。何とか日露戦争に勝って結んだポーツマス講和条約では「日本帝国政府が韓国に於て必要と認むる指導・保護及監理の措置を執る」事にロシア政府は干渉しない、という一項が含まれた。

 日本が韓国を保護国化することは、米英も賛成した。ポーツマス講和会議のあとで、ルーズベルト大統領は小村全権代表に、「将来の禍根を絶滅させるには保護化あるのみ。それが韓国の安寧と東洋平和のため最良の策なるべし」と言った。

 イギリスのランズダウン外務大臣も「英国は日本の対韓措置に異議なきのみならず、却って欣然その成就を希望する」とまで言い切った。韓国の変転常無き事大と内紛が、日清日露の二大戦役を引き起こしたと言う歴史認識からであろう。

 韓国の保護国化が進む過程で起きたのが、明治40(1907)年6月のハーグ密使事件であった。オランダのハーグで開催された第2回万国平和会議にて、国王高宗の親書と信任状を持った三名の使者が会議の席上で、日本の横暴を訴え、保護国化から逃れようとしたのである。

 国王の親書と信任状は会議の主催者であるロシア皇帝ニコライ2世あてのものだった。日本と戦ったロシアなら助けてくれるのでは、と期待したのかもしれない。しかしロシアは日本の天皇陛下宛ての招聘状を持参しなければ参加を許すことはできないと断った。三名は主催国オランダの外務大臣、議長のオランダ政府代表からも参加を断られた。

 招聘された各国代表からも、韓国の使者を参加させようという意見は全く出なかった。この挙が、いかに当時の国際常識を無視していたかが窺える。

 韓国統監・伊藤博文は、この事件を日韓協約の明らかな侵犯として、その責任は国王高宗にあり、としたが、国王は事件への関与を否定した。日本の国論の激しさに驚愕した韓国の宮廷は、国王に譲位を求めたが、高宗はこれを拒否。

 宮廷は伊藤に、国王に譲位を説得するよう依頼までした。伊藤は、かかる事は韓国皇室の決すべきことである、と突き放した。こういう依頼をすること自体が事大主義の伝統だろう。高宗はついに皇太子に譲位した。


■8.事大と内紛の歴史を踏まえれば

 ハーグ密使事件は、韓国の外交体質をよくあらわしている、という点で、現在の慰安婦合意違反とよく似ている。両方とも国際常識を全く弁えず、国際社会から見放された行為であること。しかも、表向きに交わした二国間の合意を平然と破っていること。

 福澤の「朝鮮人を相手の約束ならば最初より無効のものと覚悟して」という言葉が真実をついていることがよくわかる。この言葉の後で福澤は「事実上に自ら実を収むるの外なきのみ」と結ぶ。これは「相手が約束を守ってくれるなどとは期待せずに、日本が自ら国益を守っていくしかない」という事だろう。

 とすれば、韓国や北朝鮮との話し合いなどは無駄だと諦めて、韓国の慰安婦合意違反に対しては制裁をもって、合意を守った方が身のためだと覚らせ、北朝鮮の核武装に対しても、圧力を続けて、このまま核開発を続ければ国が潰れる、という事を判らせるべきだろう。

 国として約束を守る、というのは、独立自尊の精神があって初めて可能となる。事大と内紛で、先行きどうなるか自分でも判らないという国柄では、約束を守る事はできない。そういう国とは「あくまで話し合いで」というアプローチは意味が無い。約束を守らない国とは話し合っても、欺されるだけだ。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG Step 韓国問題−歴史編
 弊誌の過去の記事を選び、週1〜2回、メール配信し、体系的にその分野を学べるコースです。
 近年の韓国の異常な反日活動を考える上でも、日本と朝鮮半島の間の歴史を、史実や人物の足跡を通じてよく理解しておく必要があります。そこから、韓国側の主張がいかに史実から遠いものか、分かるでしょう。
http://blog.jog-net.jp/201402/article_5.html

b. テーマ「韓国」の記事
No.1014 慰安婦プロパガンダには国際法で反撃できる
No.1003 半島有事に邦人救出はできるのか?
Wing(2618) 嘘の文明、誠の文明
Wing(2591) 日本人の「事なかれ主義」につけ込む韓国外交
No.965 不当不作為の在日行政・見て見ぬふりの日本国民、等々
http://blog.jog-net.jp/theme/193483dca8.html

あけましておめでとうございます
2018/01/01
本年もよろしくお願いします。

韓国はヘイト大国なのか
2017/12/26
【エンタメよもやま話】韓国は「ヘイト大国」なのか、在ソウル外国人95%が「差別体験」 産経新聞より、

 内閣府が12月2日「人権擁護に関する世論調査」の結果を発表しました。
 今回、初めて、特定の人種や民族への差別を繰り返す「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」に関し、複数回答でその受け止め方を尋ねたのですが、「ヘイトスピーチを伴うデモ、集会、街宣活動を知っているか」との問いに全体の57・4%が「知っている」と回答。
 そして「知っている」と答えた人にその感想を聞くと、半数近い47・4%が「日本に対する印象が悪くなる」と答え、「不愉快で許せない」との回答も45・5%にのぼるなど、否定的な答えが多くを占めました。
 その一方、17・0%の人が「『表現の自由』の範囲内だと思った」と答え、「ヘイトスピーチをされる側に問題がある」との回答も10・6%あるなど、一定の容認論もありました。
「ヘイトスピーチ」が許されないことは言うまでもなく、こうしたことをなくすため、官民一体となって努力を続けることが求められていることは言うまでもないと思います。
 さらに、これからは観光客だけでなく、日本に住もうとする外国人が増えるのは間違いないですから、在日外国人全般に対する差別的な言動を許さない世の中が求められています。
 というわけで、そうした問題に関する話題を本コラムでご紹介しようと、いつものように海外メディアのサイトを巡回していたところ、驚きの記事にたどりつきました。慰安婦問題をはじめ「ヘイトスピーチ」の問題でも厳しく日本を糾弾(きゅうだん)する韓国が、実は外国人に対して極めて差別的なお国柄であることが分かったのです。
■韓国を国連が問題視…実態を調査
 12月10日付の香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」(SCMP、電子版)。この記事によると、韓国は朝鮮民族が全体の96%を占める最も多様性のない国のひとつで、海外に行くことなしに少数民族と交わる機会は殆(ほとん)どないといい、そのためか、在韓外国人に対し、より直接的な差別があると明言します。
 その例として、ソウルにある仏教系の私立大学、東国大学校(とんぐうだいがっこう)で教べんを取る黒人女性、カニカ・コープランドさん(41)は、数カ月前、白人を含む友人たちとバーで楽しんでいたとき、こんな目に遭ったと振り返ります。
 「何人かの韓国人男性が白人の友だちのところにやってきて“どうして君は黒人の女(black girl)と一緒にいるんだ”と訪ねたんです」
 いまや欧米では、黒人にblackという表現を使うことはまずありません。日本人でも「黒」という単語は出さないでしょう。
 こうした出来事は珍しいことだと彼女は言いますが、それは「韓国人と交わるのを制限しているからに過ぎない」からだと冷静に分析します。
 にもかかわらず、彼女はこう付け加えました。
 「私は友人たちに、ここに引っ越すか、少なくとも訪問することを勧めました。この国は非常に人種差別的ですが、それは(米国などとは)異なる種類の人種差別です。米国に存在する人種差別と違って、深く根を張っておらず、定住するに値しないような(ひどい)ものではありません」
 とはいえ、韓国人の在韓外国人に対する人種差別は、より広まりを見せています。
 実際、世界の人々の社会文化や道徳、宗教、政治的な価値観を各国の社会学者たちが調査する国際的なプロジェクト「世界価値観調査」(1981年からスタート)の2010年〜14年分の結果によると、「外国人の隣に住みたくない」という回答は、米国人5・6%、香港人18・8%に対し、韓国人は34・1%。
 さらに、ソウルにある公的シンクタンク「ザ・ソウル・インスティテュート」の2015年の調査によると、ソウルに住む外国人の94・5%が人種差別を経験したと答えていたのです。一方、日本では、今年の法務省の調べで、人種差別を経験したと答えた在日外国人は全体の30%でした。
 こうした数字が示すように、韓国における在韓外国人に対する人種差別問題は日々、深刻化しているのですが、韓国人が他国に比べて外国人を露骨に差別するのは今に始まったことではありません。
■国連「韓国は“人種差別禁止法”を制定せよ」
 実際、2014年には、人種差別に関する国連(UN)の特別報告官、ムタマ・ルテレ氏が韓国における人種差別や外国人排斥の実態について調査。その結果、韓国に対し、人種差別を禁止する法律を制定するよう促(うなが)したのです。
 どういうことかといいますと、韓国では2014年当時、顔を黒く塗って黒人の真似をしたパフォーマーがテレビに登場したり、ニュース番組の司会者(ニュースアンカー)と記者の服装姿のチンパンジーが「ディス・アフリカ」というタバコの新ブランドの広告に登場するなど、人種問題に無頓着(むとんちゃく)過ぎる事例が続発。
 さらに、低賃金かつ未熟練の単純労働のために雇われた移民労働者たちは、はっきり差別されており、調査したルテレ氏は、厳しい労働や生活状況に苦しむ農業・漁業分野の移民労働者の窮状(きゅうじょう)や、移民労働者が韓国人の労働者よりも長時間かつ低賃金労働を強いられているといった実態を強調したのでした(2014年10月6日付フランス通信=AFP=など)。
 それだけではありません。在韓外国人への差別は移民労働者といった人たちだけに向けられたものではないのです。
 例えば、フィリピン系韓国人の女優ジャスミン・リーさんは2012年、外国系として初の国会議員になったのですが、彼女が当選した際には、ネット上に「フィリピンに帰れ!」「わが国の政治に外国人の居場所はない」といった人種差別丸出しの非難の声が噴出。彼女は韓国で最も嫌われる女性のひとりになったのでした(2015年5月11日付米リベラル系オンラインメディア、ハフポスト)
 ちなみに、この一件について、フィリピンを代表する放送局、ABS−CBNニュースは2012年4月17日付で、リー氏に対する批判のいくつかは、彼女がフィリピン出身だったからかもしれないと前置きし、韓国の大手英字紙、コリア・タイムズの一部をこう引用しました。
 <ひとりのツイッター・ユーザーは、東南アジア人に対する韓国人の偏見を指摘し、こう投稿した。「もし、リー氏が米、英、仏、独、または他の西欧諸国からの移民なら、同じような態度で話すだろうか?」>
 まさしく、これが韓国人の本音でしょう。西洋人には負けるけど、東南アジアの連中よりは、俺たちは上、ってことなんでしょうかね…。
 呆れてモノが言えませんな。国連が問題視して実態調査に入るだけのことはありますね。
 そして、国連から人種差別を禁止する法律を制定するよう促(うなが)されてから約3年経過したにもかかわらず、いまだに動きなし…。
 しかし、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、大統領選に初出馬し、落選(当選したのは朴槿恵=パク・クネ=氏)した2012年、包括的な差別禁止法を可決すると宣言しています。
 彼が大統領に当選した今年の5月以降、この問題は討議されていませんが、今後、問題が大きくなれば具体化に向けて動き出す可能性があると前述のSCMPは指摘しますが、一方で「これまでのところ、人種差別は韓国社会にとって大きな問題ではない」「韓国は比較的、(民族が)同質であり、米国や欧州諸国のような(人種差別)問題はない」と明言するソウル大学のリー・サン−ウォン教授(刑法・訴訟手続)と明言する法学者も少なくなく、先行きは不透明です。
 本コラムでは何度も言及していますが、ベトナム戦争(1960年代後半から70年代初め)時、米の同盟軍としてこの戦争に参戦した韓国軍が13歳から14歳の少女を含む数千人のベトナム女性に対し激しい強姦または性的暴行を行った揚げ句、慰安婦にしたり( http://www.sankei.com/west/news/171124/wst1711240004-n1.html )、非武装の民間人を虐殺した事実について、ベトナム政府に謝罪するどころか、完全無視するのは、いまだに続く東南アジアの人々に対するこうした根深い差別意識が原因なのでしょうか…。   (岡田敏一)
【プロフィル】岡田敏一(おかだ・としかず) 1988年入社。社会部、経済部、京都総局、ロサンゼルス支局長、東京文化部、編集企画室SANKEI EXPRESS(サンケイエクスプレス)担当を経て大阪文化部編集委員。ロック音楽とハリウッド映画の専門家。京都市在住。

歴史教科書読み比べ(45) 占領下の戦い
2017/12/25

Japan On the Globe(1042)■国際派日本人養成講座■H29.12.24より転載

歴史教科書読み比べ(45) 占領下の戦い

 占領行政は日本の「民主化」か、「無力化」か。

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■中学歴史教科書の評価アンケートにご協力ください■

国際派日本人の育成にはそれにふさわしい歴史教育が不可欠です。
そのために中学校の歴史教科書の比較研究を行っています。
授業で歴史を学んでいる中学生にお答えをお願いします。
3問だけの簡単なアンケートです。
https://t.co/kqI9kAxDwh
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■1.「日本がふたたび連合国の脅威にならないよう」

 大東亜戦争という未曾有の大戦争は終わりを告げ、わが国は歴史上、初めて外国軍による占領下におかれた。これに関する東京書籍(東書)版の記述は、次のような淡々としたものである。

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 GHQ(JOG注: 連合国軍最高司令官総司令部)の占領政策の基本方針は,日本が再び連合国の脅威にならないよう,徹底的に非軍事化することでした。軍隊を解散させ,戦争犯罪人(戦犯)と見なした軍や政府などの指導者を極東国際軍事裁判(東京裁判)にかけ,戦争中に重要な地位にあった人々を公職から追放しました。[1, p243]
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 育鵬社版は治安維持法の廃止、財閥解体、労働組合法、農地改革などの改革を記述したあと、GHQの狙いをこう述べる。

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 一方でGHQは,日本がふたたび連合国の脅威にならないよう,国のあり方を変えようとしました。過去の日本の歴史教育や政策は誤っていたという宣伝を日本側に行わせ,報道や出版を秘密裏に検閲して占領政策や連合国への批判を禁じました。[2, p254]
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「過去の日本の歴史教育や政策は誤っていたという宣伝」は、"War Guilt Information Program"(戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画)と名付けられたプロパガンダである[a]。今日でも、戦前の日本は「軍国主義」だった、という先入観が根強いが、その淵源がここにあった。

 同時にわが国ではかつてなかった大規模な検閲が実施され、日本人5千余人を含む検閲隊が、月4百万通ほどの私信を検閲していた。国内で発行される新聞、雑誌、図書から、ラジオ、選挙演説まで事前の検閲を受け、内容の修正を命じられたり、時には発行禁止処分を受けた。検閲を受けた当時の手紙には、次のような一節があった。[b]

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 言論の自由や思想の自由が声高に叫ばれていますが、現実には言論も思想も戦時中以上に制限されているのです。・・・ニュースも情報も、日本の過去の罪業が連合軍の非の打ち所のない所業と比較され、特筆大書されたのちでなければ、掲載できぬ仕組みになっているのです。[a]
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 東書版の言う「徹底的に非軍事化すること」とは軍隊の解散、東京裁判、公職追放などの目に見える施策のみならず、精神面でも贖罪意識を植え付けるプロパガンダ活動を伴っていたのである。


■2.東京裁判をどう語るか

 GHQによる贖罪意識植え付けの主要な柱の一つが、極東国際軍事裁判(東京裁判)だが、東書版での記述は前節で引用した部分のみである。これでは「戦争犯罪人(戦犯)と見なした軍や政府などの指導者」を裁判にかけたというだけで、この裁判自体の問題は何も語られていない。

 育鵬社版は「歴史ズームイン 東京裁判」と題した、まるまる1ページのコラムで、この裁判について詳しく述べている。例えば次のような一節がある。

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 裁判は,戦争指導にたずさわった政治家や軍人を侵略戦争を行った「平和に対する罪」で裁こうとするものでした。弁護団は,この罪は新しく導入された考え方であり,過去の戦争にさかのぼらせて適用することは不当であると異議を申し立てましたが却下されたまま裁判は始まりました。[1, p256]
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 たとえば、制限速度60キロを守って走っていた車を警察が捕まえて、「この道路の制限速度は40キロと今変えたが、適用は過去に遡(さかのぼ)る。だからあなたはスピード違反だ」と言ったら、法律の素人でもおかしいと思うだろう。「法の不遡及(ふそきゅう)」という近代法の基本原則が、あからさまに破られたのである。

 さらに育鵬社版は、アメリカの東京大空襲や原爆投下、ソ連の満州侵攻での日本人への暴行、日本軍将兵のシベリア抑留など、「当時の国際法から見て戦争犯罪とされるものでも,罪に問われることはありませんでした」と指摘する。

 そして、インド代表のパール判事が「復讐の欲望を満たすために、単に法律的な手続きを踏んだに過ぎないようなやり方は、国際政治の観念とはおよそ縁遠い」として、全被告を無罪とした事実を挙げている。

 育鵬社版は、このコラムの結論として「一方では,世界平和に向けて国際法の新しい発展を示した裁判として,積極的に肯定する意見もあり,その評価は現在でも定まっていません」と述べているが、現時点の歴史教育としてはこの両論併記の形が望ましいだろう。

 東京裁判をどう捉えるかは、我国の歴史観での一大分岐点であり、両論とも言及しない東書版の記述は極めて不十分である。


■3.「民主化の中心は,憲法の改正でした」

 GHQのもう一つの「非軍事化」の手段が憲法改訂だった。東書版は、その経緯を次のように説明している。

__________
[日本国憲法の制定] 民主化の中心は,憲法の改正でした。日本政府は初めにGHQの指示をうけて改正案を作成しましたが、大日本帝国憲法を手直ししたものに過ぎませんでした。そこで、徹底した民主化を目指すGHQは、日本の民間団体の案も参考にしながら,自ら草案をまとめました。
日本政府は,GHQの草案を受け入れ,それをもとに改正案を作成しました。そして,帝国議会の審議を経て,1946(昭和21)年11月3日に日本国憲法が公布され,翌年の5月3日から施行されました。[1, p245]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この選定プロセスを、育鵬社版は次のように記述している。

__________
日本国憲法の制定 GHQは,日本に対し憲法の改正を要求しました。日本側は,大日本帝国憲法は近代立憲主義に基づいたものであり,部分的な修正で十分と考えました。しかし,GHQは日本側の改正案を拒否し,自ら全面的な改正案を作成して,これを受け入れるよう日本側に強く迫りました。
 天皇の地位に影響がおよぶことをおそれた政府は,これを受け入れ,日本語に翻訳された改正案(6)を,政府提案として帝国議会で審議しました。議会審議では.細かな点までGHQとの協議が必要であり,議員はGHQの意向に反対の声をあげることができず,ほとんど無修正のまま採択されました。[2, p255]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「改正案」(6)の則注として「この憲法の改正案がGHQの手によるものであることを公表するのはかたく禁止された」と追記されている。


■4.ソ連の陰の圧力

 東書版の記述では、日本政府の改正案では民主化が不徹底なので、GHQが自ら草案を作り、日本政府はそれを受け入れた、という筋書きとなっている。まるでGHQが民主化の先生であり、日本政府は出来の悪い生徒のようだ。

 育鵬社版が描くGHQの振る舞いは全く違う。GHQは自らの改正案を受け入れるよう「強く迫りました」。「天皇の地位に影響がおよぶことをおそれた政府」という表現からは、もし日本政府がこれを受け入れなければ、天皇の地位がどうなるか分からない、という圧力を受けていたことが窺われる。

 ちょうどソ連の工作員たちによって日本が日米戦争に追い込まれ、かつ降伏も引き延ばされたように、GHQに潜んだ工作員たちは日本を共産革命に近づけるために皇室制度を弱体化させようとしていた。[c]

 またGHQをチェックする機関として、ソ連も含めた極東委員会が発足する予定となっており、ソ連は天皇を東京裁判の被告にすることを強硬に主張していた。そんなことになれば日本全土で反乱が起こり、GHQの占領行政も頓挫してしまう。それを恐れたマッカーサーが、極東委員会発足前に天皇の地位を認めたままでの民主的な憲法を制定してしまおうと考えた。[d]

 日本政府もそのようなソ連による陰の圧力の下で、GHQ草案を受け入れざるを得なかった。

 育鵬社版が側注で「この憲法の改正案がGHQの手によるものであることを公表するのはかたく禁止された」と述べている点は、日本国憲法の成立過程の異常さを示すポイントだ。

 禁止の理由は何か? まず、日米ともに批准しているハーグ陸戦条約において「占領者は絶対的な支障がない限り、占領地の現行法律を尊重して」という条項があり、占領中の憲法改訂要求はこの国際法違反ととられる恐れがあった。

 もう一つの理由は、占領軍が作り、押し付けた憲法であると広く知られれば、日本国民の拒絶反応が起こり、これがまた占領行政をつまずかせる恐れもあった。日本国憲法はこのような国際政治の虚々実々の駆け引きの過程から生まれたのである。


■5.昭和天皇の果たされた役割

 東京裁判と日本国憲法制定をめぐる駆け引きの中で皇室制度は危機に瀕していたのであるが、昭和天皇はそれには全く関せず、ひたすら国民を守るために立ち上がっていた。育鵬社版は「人物クローズアップ 国民とともに歩んだ昭和天皇」という1ページのコラムを設け、開戦時の苦悩から、終戦の決断、戦後の全国ご巡幸までを御製を通じて描いている。

 そのうちの「敗戦と昭和天皇」の項では次のように述べている。

__________
 ・・・9月,天皇は連合国軍の最高司令官であるマッカーサーを訪問します。マッカーサーは天皇が命乞いに来たと思いました。
 ところが,天皇の言葉は,私の身はどうなろうとかまわないから,国民を救ってほしいというものでした。マッカーサーは驚きます。「この勇気に満ちた態度は,私の骨のズイまでもゆり動かした」(「マッカーサー回想記』)。彼は,天皇がいなくなれば日本は分裂し占領は不可能になる,という考えを強めました。
 身はいかに なるともいくさ とどめけり
 ただたふれゆく 民をおもひて
 これは終戦を決断したときの御製ですが,ここにも天皇の覚悟が見てとれます。国民を励まそうと,戦後すぐに始められた天皇の巡幸は, 1954(昭和29)年まで続けられました。日本国憲法により「国民統合の象徴」となった天皇に対する国民の敬愛は以前と変わらず,天皇は全国各地で国民から熱烈な歓迎を受けました。[2, p257]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 天皇との会見で、マッカーサーは「天皇がいなくなれば日本は分裂し占領は不可能になる」との考えを強めた。そうなっては日本の共産革命を狙うソ連の思うつぼであったろう。天皇の国民を思う純粋なお気持ちがマッカーサーの心をうち、さらなる悲劇を防いだのである。

 さらに昭和天皇は終戦直後の混乱の中で、「全国を隈なく歩いて、国民を慰さめ、励まし、また復興のために立ちあがらせる為の勇気を与へることが自分の責任と思ふ」とのお考えのもと、約8年半をかけて、沖縄以外の全都道府県、お立ち寄り箇所1411、行程3万3千キロを回られた。

 その光景は、拙著『世界が称賛する 日本人の知らない日本』[e]でも描いたが、これが国民を戦後復興に立ち上がらせた原動力となった。このように昭和天皇は終戦の決断から、占領下の混乱回避、復興への激励と歴史的な役割を果たされた。これらの史実について東書版は一言も語っていない。


■6.「日本の領土をめぐる問題とその歴史」

 一方、東書版にも出色の記述がある。竹島、北方領土、尖閣諸島の3つの領土問題の歴史的経緯をまとめた「歴史にアクセス 日本の領土をめぐる問題とその歴史」と題した2ページのコラムである。

 竹島については、江戸時代から鳥取藩の商人が漁業を行ってきており、明治38(1905)年に島根県に編入されたことを述べた後で、次のように語る。

__________
 ところが戦後,韓国は,1952年にサンフランシスコ平和条約が発効する直前,当時の韓国の大統領の名前から「李承晩ライン」と呼ばれる線を公海上に−方的に引き,その韓国側に竹島を取りこんで,領有権を主張しました。日本政府は厳重に抗議しましたが,1954年から韓国は竹島に警備隊を駐留させました。[1, p252]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この後、「現在もなお韓国による不法占拠が続いています」としているが、現在の領土問題を理解するためには、このように歴史的背景を知ることが不可欠である。

 一つ欲を言えば、竹島の軍事占拠においては、「韓国軍はライン越境を理由に日本漁船328隻を拿捕し、日本人44人を死傷(死亡者数は不明)させ、3,929人を抑留した」[3]との史実を付加すると、韓国の違法行為に苦しんだ当時の国民の胸中が窺えるだろう。


■7.歴史プロパガンダか、歴史教育か

 GHQの占領行政は、日本の「民主化」プロセスだったのか、それとも言論・報道の自由を抑圧して、日本罪悪史観を国民に刷り込み、憲法までも自由に変えてしまう非民主的な「無力化」プロセスだったのか。

 東書版の描く歴史は前者であり、それはそもそもGHQが日本人に刷り込もうとした歴史観である。それでは歴史教育というより、歴史プロパガンダの引き継ぎに過ぎない。

 史実を丹念に見ていけば、GHQの占領行政に苦しめられた国民がおり、その国民を我が身に代えても守ろうとされた昭和天皇がいた。そうした先人の生き様を共感をもって辿ること、そこにこそ歴史教育の真の眼目がある、と筆者は考える。


■リンク■

a. JOG(835) 日本「軍国主義」というプロパガンダの創作者たち
 70年前に米占領軍が創作したプロパガンダを、今も中朝韓や偏向マスコミが使っている。
http://blog.jog-net.jp/201402/article_3.html

b. JOG(098) 忘れさせられた事
 戦後、占領軍によって日本史上最大の言論検閲が行われた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog098.html

c. JOG(949) 日本国憲法に埋め込まれたソ連の「仕掛け」
 日本国憲法には、ソ連の秘密工作によって「日本国民の意識」の「深部からの革命」を狙った「仕掛け」が埋め込まれている。
http://blog.jog-net.jp/201604/article_7.html

d. JOG(141) 仮設憲法、急造成功
 今週末までに、新憲法の概案を作れ、、、マッカーサーは、なぜそんなに急がせたのか?
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog141.html

e.伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人の知らない日本』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594074952/japanontheg01-22/
アマゾン「日本論」カテゴリー1位(H28/6/30調べ) 総合19位(H28/5/29調べ)


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 『新編新しい社会歴史 [平成28年度採用]』★、東京書籍、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4487122325/japanontheg01-22/

2.伊藤隆・川上和久ほか『新編 新しい日本の歴史』★★★、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4905382475/japanontheg01-22/

3.Wikipedia contributors. "竹島 (島根県)." Wikipedia. Wikipedia, 7 Dec. 2017. Web. 7 Dec. 2017.


■拙著『世界が称賛する 日本人の知らない日本』へアマゾン・カストマー・レビュー

■★★★★★ 外資系会社員必読の書(街道Walkerさん、ベスト1000レビュアー)

 外資系にいると英語だけは堪能な「なんちゃってアメリカ人」が社内にちらほらいます。その言動に違和感を感じていましたが、日本人としての「根っこ」を持っていないことにメルマガで気づかされました。それでは努力しても二流アメリカ人にしかなれないわけですから、アメリカ人の上司からすると使い勝手はよくても、尊敬は受けられません。

 本書の冒頭に、外国人と接する業務に就く場合、英語を流ちょうに話せるようになるよりも、個人としてのナショナルアイデンティティをしっかり持つことの重要性が説かれており、とても勇気づけられました。

 日本は大東亜戦争の敗戦によって、戦勝国の歴史観を「木に竹を接ぐ」ように植え付けらえて今日に至っています。その結果、世界各国の人々が当たり前に持っている”愛国心”が戦後このかた長年タブー視されてきました。

 母国の自然・環境を愛し、歴史とそれらを紡いできた多くの先人たちに思いをはせるとき、しっかりとした根っこに支えられた日本人となります。

”地球市民”なんてありもしない幻想を一気に実現させようとするサヨクの、うわついたリアリティの無さとは対極のポジションです。


■伊勢雅臣より

「根っこ」を持たない日本人は、国際社会でも尊敬されません。その「根っこ」を太く深く伸ばすのが、真の歴史教育でしょう。

伊勢雅臣『世界が称賛する 日本人の知らない日本』、育鵬社、H28
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