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口語俳句(第一回)作品大賞募集
2018/07/14
募集作品 20句(2016年以降現在までの作品。既発表・未発表を問わない。
締め切り日 2018年9月15日(土)
参加費用 2000円

送稿要領 B4四百字詰原稿用紙を使用のこと。
受賞 作品大賞一篇

送り先 〒4170014
富士市鈴川西町1−17−4 金子徹方
作品大賞選考条委員会

電話・FAX 0545−33−0659

第2回尾崎放哉賞
2018/07/12
応募締め切り:2018年11月30日(金)必着
投句料:二句一組で2,000円(何組でも可)
    ※《高校生の部》は無料(1人2句まで)

《一般の部》
大 賞:賞状と賞金100,000円(1名)
優秀賞:賞状と賞金 10,000円(5名)
入 賞:賞状とクオカード3,000円分(10名)

《高校生の部》
最優秀賞:賞状とクオカード5,000円(1名)
 優秀賞:賞状とクオカード1,000円(10名)
 特別賞:愛媛県愛南町特産品(5名)

 表彰式:2019年6月1日(土)
  主催:自由律俳句結社「青穂」

国柄探訪: 傲慢な国、謙虚な国
2018/07/08
■Japan On the Globe(1070)■ 国際派日本人養成講座 ■

 国柄探訪: 傲慢な国、謙虚な国
〜 ジェイソン・モーガン氏『アメリカも中国も韓国も反省して日本を見習いなさい』を読む

 アメリカの南部人には、日本人の謙虚さが良く分かる。
■転送歓迎■ H30.07.08 ■ 51, Copies ■ 4,,Views■
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■1.「傲慢× VS 謙虚○」

 歴史学者で麗澤大学助教授のジェイソン・モーガン氏が面白い本を出した。題して『アメリカも中国も韓国も反省して日本を見習いなさい』[1]。最近、はやりの欧米人による自虐史観克服本の一つであり、この面についてはメルマガ「ロシア政経ジャーナル」で北野氏が鋭い指摘をされているので、そちらをご覧戴きたい[2]。

 弊誌では、この本のもう一つの魅力を紹介したい。それは表紙デザインで「傲慢× VS 謙虚○」と大きく書かれた点に表れている。この本の中身はタイトルから想像するほど「傲慢」なものではなく、それよりも「アメリカも中国も韓国も(傲慢さを)反省して(謙虚な)日本を見習いなさい」と主張しているように読めた。モーガン氏はこう書いている。

__________
 私は神経質で、すぐ緊張し、気を使ってしまうタイプですが、初めて日本に来たとき、すぐにくつろげている自分に気がつきました。不思議に思って考えて見たところ、日本人は外国人の私に対してたいへん寛容だったのです。[1, p143]
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 謙虚だからこそ外国人にも寛容になれるのである。モーガン氏はアメリカ南部のルイジアナ州ニュー・オリンズ出身という。思い返してみると、私もアメリカ各地を旅行して、南部が一番、くつろげた思い出がある。

 どうやら謙虚さという面では、アメリカ人の中でもモーガン氏のような南部人は、日本人に近いところがあるようだ。それは文化面や歴史面に起因しているのだろう。今回はモーガン氏の著書から特にこの点を考えて見たい。


■2.遅れて参加したアウトサイダー

 モーガン氏の出身地のルイジアナとは、フランス王ルイ14世の土地という意味であり、ニュー・オリンズとは、新オルレアン、ルイ15世の摂政オルレアン公フィリップ2世に因むそうな。その名の通り、フランス人が開拓した植民地だった。

 しかし18世紀中葉のフレンチ・インディアン戦争で、英仏の植民地軍が戦い、フランスが負けてルイジアナ州のほとんどを含んだフランス領土がイギリス領となった。さらに19世紀初頭、ナポレオンが戦費調達のために、ニュー・オリンズも含めて北米大陸中央部に残った所有地をアメリカに売却したことで、アメリカ合衆国の領土となった。

 ニュー・オリンズにはフランス系住民の子孫が多く住んでおり、フレンチ・クォーターという一角は今もヨーロッパ的な街並みが残っている。フランス文化や近くのカリブ海の影響で、食べ物も伝統的でローカルなものが美味しい。黒人がジャズを生んだ土地でもある。文化的な多様性がくつろいだ雰囲気を醸し出している。

 人柄の面でも、東部や中西部のアメリカ人からはイギリスやドイツに似た謹厳さを感じるが、南部ではフランスやイタリアのような親しみやすさを感ずる事が多い。南部でくつろげるのも、こういう文化的な要因からだろう。

 歴史的要因もある。南部と言ってもバージニア州などはもともとイギリスの植民地であり、かつ初代大統領ジョージ・ワシントンを生み、独立戦争の主力として戦った米国の本流という誇りがあるが、ルイジアナ州やニュー・オリンズは前述のように、遅れてアメリカ合衆国に併合された土地なのである。

 この点は、日本が19世紀中葉に開国して、当時の欧米中心の国際社会に遅れて参加したアウトサイダーであった事と良く似ている。日本もルイジアナも主流派の持ちがちな傲慢さとは縁遠い地域なのだ。


■3.「奴隷解放の北部 対 奴隷制に固執した南部」?

 もう一つ、南部の歴史が日本と似ている点がある。南部というと日本人はすぐ黒人差別を連想する人もいるが、実はそう単純な話ではない。

 映画『風とともに去りぬ』では白人の富豪の子供達が、黒人の太ったメイドによくなついている場面も出てくる。イギリスの貴族が労働者階級を召使いやメイドとして使っていたように、南部の富豪も黒人を使っていた。階級や人種の差別はあったが、それを超えた家族的なつながりも相当程度あったようだ。

 そういう南部の風土が南北戦争敗戦とともに「風とともに去って」しまい、人種平等の掛け声とともに、逆に白人と黒人の間の距離が開き、家族的な親近感も失せて、人種対立がかえって先鋭化していったように思われる。

 もともと南部の産業は綿花やたばこなど人手のかかる農業が中心で、黒人労働力に依存していた。そこでイギリス人商人が黒人をアフリカから拉致してきて売りつけ、その代金でアメリカの綿花を買い、イギリスの工場でそれを綿製品に加工してアフリカに輸出する、という大西洋を股に掛けた三角貿易をやっていた。

 イギリスは1807年に奴隷貿易を違法とした。貿易だけなら止めれば済む問題だが、すでに膨大な黒人奴隷を抱えていたアメリカ南部ではそう簡単には行かなかった。南北戦争の頃には南部の総人口約900万人のうち、400万人近くの奴隷がいたとされる。黒人労働力は南部の産業の欠くべからざる主柱となっていた。

 リンカーン大統領は「奴隷解放の父」と称賛されているが、そもそも南北対立の発端は貿易問題だった。工業化を進める北部がイギリスの工業製品に対する保護貿易を求めたのに対し、南部諸州は綿花輸出などでイギリスとの自由貿易を必要としていたのである。

 南北戦争中に出されたリンカーンの「奴隷解放宣言」は、実は敵対する南部諸州の黒人だけを対象としており、もともと北軍に属しながら奴隷制を認めていたミズーリ、ケンタッキー州、および、すでに北軍に制圧されていたテネシー州などは対象外だった。あくまで南軍の地の黒人に離反を促すための戦術だった。

 この宣言が奴隷解放運動に弾みをつけた事は否めないが、その後、北部の掲げた奴隷解放に抵抗して「奴隷制に固執した南部」というレッテルが貼られてしまう。公正に言えば、世界でアメリカほど人種問題で長年苦しんだ国はなく、その努力のかなりの部分は当然ながら黒人の多く住んでいた南部でなされた。

 もともと黒人の奴隷もそれほど多くなかった北部が「奴隷解放」を叫んだだけで、南部に対して「奴隷制に固執した」というレッテルを貼る傲慢さには、わが国を石油禁輸などで追い詰め、最初の一発を撃たせただけで「侵略国」なるレッテルを貼ったのと同じ狡猾さを感ずる。

 他者に対してこういう無理無体なレッテル貼りをすること自体が傲慢さの表れであり、日本人もアメリカの南部人も、その傲慢さの被害者なのである。


■4.日本人の気配りに驚く感性

 こういう歴史と文化を持った南部からやってきたモーガン氏は、日本に来て日本人の気配りを敏感に感じとる感性をお持ちだったようだ。

__________
 私が来日して間もない頃、驚いたのが、日本人の気配りです。相手の気持ちをくみ、いわれなくても気を利かせて行動します。相手の気持ちを察するのです。

 たとえば友人の家族との夕食の際、しょう油が必要だと私が気づく前に、友人のお母さんが先に渡してくれたので、「すごい。なぜ分かったのですか?」と驚きました。私の心を読んだかのような行動です。相手が動く前に気を利かせて動くシーンが、日本人には多いのです。[1, p139]
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 こういうさりげない気配りにすぐに気がつくジェイソン氏の鋭敏な感性にも、こちらの方が「すごい。なぜ分かったのですか?」と驚いてしまう。もう一つ例を挙げよう。

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 私は、中国人と日本人の観光客をすぐ判別できます。たいていの中国人は、周囲にまで目配りしません。ですから、平気で道をふさいでいて、ほかの人がどうなろうと気にする様子はありません。私が「すいません」といっても知らん顔です。一方、たいていの日本人は、ほかの人が通るから邪魔になると察して、あらかじめ端に寄ります。[1, p140]
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 自分自身が常に周囲に迷惑をかけていないかと目配りしているからこそ、そのような目配りをしない人々にもすぐ気がつくのである。


■5.彼らの傲慢さにどう対処していくのか

 傲慢と謙虚とは、単に文化的な問題だけではない。アメリカ、中国、韓国の傲慢な歴史攻撃が、日本人の「根っこ」を傷つけているからだ。それに対して、日本人はどう立ち向かえば良いのか。彼らと同様の傲慢さで反撃すれば、日本人の謙虚さが失われてしまう。謙虚に反省を続けるだけなら、謙虚さを通り過ごして、卑屈になってしまう。

 こうした傲慢な国々がひっかき回している現代の国際社会で、日本人はいかに謙虚さを失わずに彼らの傲慢さに対処していくのか、国際派日本人にとって重要な問題である。モーガン氏の問いかけの意味はここにある。

 しかし「アメリカも中国も韓国も(傲慢さを)反省して(謙虚な)日本を見習いなさい」と言って、聞く耳を持つ相手ではない。傲慢だからこそ、反省もしないだろう。我々日本人の方がどう対応するのか、と考えなければならない。


■6.「筋を通す」

 謙虚さを守りつつ、傲慢さと戦う一つの道は「筋を通す」という事だ。「筋」の一つとして国際法や条約がある。例えば中国の「南京大虐殺」非難に関して、モーガン氏は次のように書く。

__________
 南京大虐殺は西洋では眉唾ものと思われているのに、多くの日本人は嘘を信じて反省し続けています。

 中国の戦い方の特徴は、軍服を着て戦うのではなく、国際法を無視して、一般市民を装って不意打ちしてくることです。一般人になりすまして弾を打つのですから、反撃すると一般人を殺したように見えてしまいます。犠牲になった人は気の毒ですが、それは日本が悪いのではなく、中国が国際法を破っているから民間人の犠牲になったのです。

 ですから日本は「われわれは国際法を守って戦った」と堂々と言えばいいだけの話です。「ルール違反も虐殺も日本はしていない。中国の方こそルール違反や虐殺をしていた」と、証拠を出して主張し、論破すればいいだけです。[1, p81]
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 国際法や条約をもとに主張すべきことを主張するのは、傲慢ではない。逆に国際法や条約を無視した言い分に屈してしまうのは、謙虚ではなく卑屈である。

 謙虚と卑屈の境目は「筋を通した生き方」をするかどうか、というところにあるのだろう。そして傲慢とは、その「筋」を超えて、自己主張をすることである。筋を通しつつ、思いやりに満ちた接し方をすることが、謙虚な生き方なのである。


■7.「自分が悪くなくても謝ってしまう傾向」

「罪もないのにいつまでも悔い改めている」というのが、モーガン氏が感じる日本の特徴だそうだ。

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「自分が悪い」と素直に認めるのはいいことですが、事を荒立てたくないからなのか、日本人は、自分が悪くなくても謝ってしまう傾向があります。・・・

 実はアメリカ南部出身の私も、日本人に近いそのような精神性があります。南北戦争に負けた者たちの子孫だからでしょうか。悪くなくとも「I'm sorry.」とついいってしまいます。

 北部に住んでいた時の私は、常に謝っていました。バスが遅れて職場に遅刻した時も「ごめんなさい、すみません、申しわけないです」と。「悪いのは遅れたバスで、お前が悪いわけじゃない。謝るな」とよく言われました。これは一人私だけではなくアメリカ南部人一般の気性と言えなくもありません。そこは、わりと日本人に近いメンタリティーなのです。[1, p3]
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 自分が悪くても謝らない傲慢な国々に囲まれて、事を荒立てないために、こちらが悪くなくとも謝ってしまう。それは謙虚ではなく、筋を曲げた卑屈さなのである。


■8.国際社会で筋を通した謙虚さを

 モーガン氏が反省を求める相手として、アメリカ、中国、韓国を挙げているのは興味深い。これに北朝鮮を加えれば、おそらくこの4国はその傲慢さから、世界で最も嫌われている国であろう。

 世界には200近い国や地域があるが、その大半は人口や経済規模からいっても小国である。そのために自ずから謙虚な生き方をしている国がほとんどである。そして、わが国は世界有数の大国であるにもかかわらず、世界中から謙虚な国として評価されている。

 現在の国際社会は、国家は規模にかかわらず対等だというのが原則であるから、日本がどんな小国に対しても謙虚に対等に付き合っている様は、筋を通した謙虚さとして国際社会に大変好ましく受けとめられている。

 逆に、中国や韓国、北朝鮮の国際法や条約も無視した傲慢さは、多くの国が嫌い、警戒している。従って我が日本が筋を通して、この3国に国際法や条約を守る事を要求することは、国際社会全体にとっても、好ましい影響を持たらすはずである。我々日本人が学ぶべきは、そうした「筋を通した謙虚さ」なのである。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

a. 伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594075681/japanontheg01-22/
アマゾン「日本史一般」カテゴリー1位 総合61位(H28/9/13調べ)

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■伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』に寄せられたアマゾン・カスタマー・レビュー

■評価★★★★★ 国際人=愛国者ということに気づきました(結一さん)

 本書には十数名の先人達が紹介されていますが、いずれも日本人としての「根っこ」を共に有しております。その「根っこ」とは何かといえば、おそらく、愛ではないかと思うのです。

 たとえば果樹栽培の専門家である近藤亨さん。飢えに苦しむ子どもたちのために、70歳で単身ネパールに旅立ちました。
…って、え、何故?何でそんなことするの?
そんなの、愛がなければ、説明のつかない行動でしょう。

見ず知らずの人に注ぐほどの溢れんばかりの愛がある。そしてその愛は、自分の国に対しても、当然注がれているわけです。余程、ひねくれてないかぎり。そのことを愛国心、あるいは愛国者という。そのどこが危ない思想?と思います。

世界に打って出る日本人ほどの情熱、エネルギーを持つ「国際人」は、我が国のこともまた強く愛する「愛国者」ではないかと思うので。
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■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. ジェイソン・モーガン『アメリカも中国も韓国も反省して日本を見習いなさい』★★★、扶桑社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/459408012X/japanontheg01-22/

2.北野幸伯「ロシア政治経済ジャーナル No.1788 ★日本の宝ジェイソン・モーガンさんとは?」
https://archives.mag2.com/0000012950/20180701001000000.html

日本に人権思想はなかったのか?
2018/07/01
Japan On the Globe(1069)■国際派日本人養成講座■H30.07.01より転載

公民教科書読み比べ(6):日本に人権思想はなかったのか?

「真の人権思想の確立は,日本国憲法の制定まで待たなければなりませんでした」と東京書籍版は説くが、、、

■1.人権「思想」と現実とのギャップ

 前回の読み比べでは、東京書籍(東書)版がフランス革命を称揚している事に対して、200万人もの犠牲者を出したこの革命は、むしろ「人権弾圧の歴史」として学ぶべき、と批判した。東書はこの後に「人権思想の発展と広がり」でワイマール憲法を「『人間に値する生存』の保障などの社会権を取り入れた最初の憲法として有名です」などと評価している。

 ワイマール憲法を持ち出すなら、そのもとでなぜナチスが誕生し、一説には600万人と言われるユダヤ人が虐殺されたのか、の説明も欲しい処だ。さらに「人権思想の発展と広がり」と言うなら、共産主義で世界1億人もの犠牲者が出たとされる史実に関して、言及すべきだろう。

 この共産主義の流れが、現在もなお北朝鮮や中国でのチベット、ウイグル侵略など、世界各地での人権問題につながっている事を考えれば、人権の「思想」そのものは「発展と広がり」を見せているかもしれないが、現実社会の人権弾圧とのギャップは広がる一方で、それに目を背けては、そもそも人権問題を学習したことにはならないはずである。

 確かに人権思想は欧州で発達したが、その美しき理想のみを見て、現実とのギャップは無視する、という姿勢は、明治初期の盲目的西洋崇拝、あるいは戦前戦後の共産主義礼賛と同じ、後進国的拝外姿勢であり、21世紀のグローバル社会を生きる国際派日本人にとっては有害無用なものである。


■2.「日本の人権思想の芽生え」?

 東書はフランス革命とワイマール憲法という美しき仮構を説いた後、それに比べる形で、「日本の人権思想の芽生え」と題して、次のように述べる。

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 日本では明治時代に,ヨーロッパやアメリカから人権の思想が伝えられました。しかし、1889(明治22)年に発布された大日本帝国憲法では,国民は主権者である天皇からあたえられる「臣民ノ権利」を持つと定められ,その権利は法律によって制限されるもので実際に,政府を批判する政治活動がしばしば抑圧されました。
人権はだれもが生まれながらに持っており,法律によっても制限されないという真の人権思想の確立は,日本国憲法の制定まで待たなければなりませんでした。[1, p37]
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 育鵬社版(育鵬)で、これに相当する「日本における人権」の記述は以下である。

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 日本でも,大日本帝国憲法を制定する際,古くから大御宝と称された民を大切にする伝統と,新しく西洋からもたらされた権利思想を調和させ,憲法に取り入れる努力がなされました。大日本帝国憲法では,国民には法律の範囲内において権利と自由が保障され,その制限には議会の制定する法律を必要とするとされました(法律の留保)

 日本国憲法では,西洋の人権思想に基づきながら基本的人権を,「侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」(97条)とし,多くの権利と自由を国民に保障しています。[2, p53]
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 両書の記述は大きく違っているが、どちらが実態に近いのか?


■3.「古くから大御宝と称された民を大切にする伝統」

 育鵬の言う「古くから大御宝と称された民を大切にする伝統」については、拙著『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』で、そもそもわが国は初代・神武天皇以来、民を大御宝(おおみたから)と呼び、その安寧を祈ることが歴代天皇の務めとされてきた事を述べた。[a]

「人権」という言葉こそ使っていないが、民を大御宝とする伝統は、中国の皇帝や西洋の王が土地と人民を私有財産と考える伝統に比べれば、はるかに先進的な「人権思想」である。[b]

 たとえば、米沢藩を治めた上杉家は、藩内の経済開発に努め、天明の大飢饉で平年の二割ほどに米作が落ち込んでも、備蓄米を活用して死者を一人も出さず、他藩からの難民も救った。幕府からも「美政である」と三度も表彰を受けている。

 その上杉家に伝えられた家訓では、「国家人民の為に立たる君にて、君の為に立たる国家人民にはこれなく候」とある[c]。皇室、幕府、藩のそれぞれが、人民の幸せを護ることを使命と考えていたのが、日本の政治伝統であった。わが国の「人権」の歴史を説くなら、この「民を大切にする伝統」をおさえておかなければならない。

 西洋での「人権思想」のみを説く東書は、フランス革命での悲惨な実態を省みなかったが、わが国の「大御宝思想」とその実態にも盲目のようだ。


■4.「法は民族精神・国民精神の発露」

 育鵬は「古くから大御宝と称された民を大切にする伝統と,新しく西洋からもたらされた権利思想を調和させ,憲法に取り入れる努力がなされました」と説くが、まさしくこの点こそ、大日本帝国憲法(以下「帝国憲法」)の制定にあたった伊藤博文や井上毅(こわし)が最も苦心した点であった。

 伊藤は19世紀ヨーロッパにおける政治・社会学の権威、ウィーン大学のローレンツ・フォン・シュタイン教授から、「法は民族精神・国民精神の発露」であり、国民の歴史の中から発達していくものとする、当時ヨーロッパを席巻していた歴史法学の説明を受けた。

 それまでに作られていた憲法草案は、伊藤によれば「各国の憲法を取り集め、焼き直し」、「欧州の制度を模擬するに熱中し」たものに過ぎなかった。それでは国民精神に浸透し、国民生活を導くものにはなりえない。実際に1870年代後半にトルコが立憲政治を始めたが、一年足らずで憲法停止・議会解散に追い込まれていた。

 そこで、井上毅が日本の歴史を調べ、古事記の中に「領(うしは)く」と「知らす」という言葉が厳密に使い分けられていることを発見した。前者は王や皇帝が人民を私有財産のごとく扱うことであり、後者は天皇が大御宝の安寧を神に祈る事である。

 この歴史伝統を踏まえて、帝国憲法第一条の草案では「日本帝国は万世一系の天皇の知らす所なり」とした。ただ、この「知らす」は近代西洋の用語にはないので「統治す」に改められた。

 こうして制定された帝国憲法は、欧米の識者からも絶賛された。アメリカの連邦最高裁判官オリヴァー・ウェンデル・ホームズは、いくつかの具体的な点を評価しながら、最も感心した点として、こう述べている。

__________
 この憲法につき、予が最も喜ぶ所のものは、日本古来の根本、古来の歴史・制度・習慣に基づき、しかしてこれを修飾するに欧米の憲法学の論理を適用せられたるにあり。[d]
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■5.天皇は主権者?

 東書はこの辺りの経緯は一切無視して、「国民は主権者である天皇からあたえられる『臣民ノ権利』を持つと定められ」と、あたかも天皇がすべての権限を持つ独裁者にように記述している。

 この点を育鵬は憲法自体を論じた第2章で、次のように説明している。

__________
 天皇は国の元首であり,国の統治権を総撹する(すべてまとめてもつ)のであるが,法の規定に従って統治権を行使するものと定められました。

 具体的には,法律の制定は国民の意思が反映された議会の協賛(承認)によること,行政は国務大臣の輔弼(助言)によること,司法は裁判所が行うこととされました。[2, p48]
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 要は天皇は議会の協賛なくして勝手に法を作ることはできず、国務大臣の補弼がなければ行政もできず、司法は裁判所が行うということで、これはまさしく立憲君主制そのものである。

 これが建前だけではなかった事は、たとえば明治天皇は日清戦争に賛成されず、開戦時には「閣臣らの戦争にして、朕の戦争にあらず」と言われた[d]。開戦という国家最重要事ですら、内閣独自の意思決定によって行われたのである。帝国憲法で天皇が「主権者」で、さも絶対的な専制権力を持っていたかのような記述は誤りであることは、この事実だけで明らかであろう。

 ただ、育鵬の「天皇は国の元首であり,国の統治権を総撹する」という記述も、もう少しかみ砕いた説明が欲しい処だ。最も簡明な説明は、井上毅など起草者の考えに基づいて、天皇は「大御宝の安寧を神に祈る」存在とし、議会、行政、司法はその祈りを実現するための活動を行う、と考える事だろう。もともと西洋の歴史には無い存在なので、元首、統治権、主権などの西洋的概念では説明しきれない日本の政治伝統の根幹である。


■6.歴史と現実を無視した「人権思想」原理主義

 国民の権利に関する記述も微妙に異なる。東書は「国民は主権者である天皇からあたえられる『臣民ノ権利』を持つと定められ,その権利は法律によって制限される」とし、育鵬は「国民には法律の範囲内において権利と自由が保障され,その制限には議会の制定する法律を必要とするとされました」とする。

「法律の範囲内において権利と自由を持つ」という点では同じであるが、東書が批判したいのは、それが「天皇から与えられる『臣民ノ権利』」だという点と、国民の「権利が法律によって制限される」という点にあるようだ。

 そこから「人権はだれもが生まれながらに持っており,法律によっても制限されないという真の人権思想の確立は,日本国憲法の制定まで待たなければなりませんでした」と続く。

 東書の著者の脳中にはフランス革命で生まれた人権思想がワイマール憲法などで発展し、それが日本ではようやく戦後確立された、という仮構がある。それがいかに現実離れした空想的観念であるかは、フランス革命の犠牲者数2百万人という数字だけを見ても明らかである。

 そもそも「法律によっても制限されない人権」とは一体何なのか。例えば日本国憲法第13條では「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り・・・」と、当然ながら留保がつく。そして「公共の福祉」のために様々な法律が作られ、国民の権利が制限される。この点は日本国憲法でも帝国憲法でも同じである。

「公共の福祉」とは他者の人権である。多くの人々が住む共同社会である以上、自他の人権のぶつかり合いは当然生ずる。その兼ね合いをどうするか、というのが、公民として学ばなければならない課題だろう。

「人権思想の発展と広がり」を論ずるのに、その「人権思想」に反して数百万人、数千万人単位の犠牲があったという歴史事実も、また自他の「人権」のぶつかり合いという現実的問題も無視する、いかにも「原理主義的」な立場を東書はとっている。


■7.五箇条の御誓文と日本の民主主義

 歴史も現実も無視した「人権思想」原理主義の対極にあるのが、「法は国民の歴史の中から発達していくもの」というヨーロッパの歴史法学の考え方だろう。この考え方は、特に日本のように西洋とは別の歴史を歩んできた国にとって重要である。

 育鵬では、日本国憲法を論ずる第2章で、「大日本帝国憲法の制定」の項を設け、五箇条のご誓文から始めている。

__________
 明治維新を迎えた日本では、五箇条のご誓文が示され、天皇自らこれを実践することを明らかにしました。五箇条の御誓文はその後もつねに参照され,国政の指針となりました。[2, p20]
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「御誓文」と「御」をつけているのは、天皇が神に誓った文章だからである。育鵬では「広ク会議ヲ興シ 万機公論二決スヘシ」などの原文とともに「広く人材を求めて会議を開き議論を行い,大切なことはすべて公正な意見によって決めましょう」などと、現代語訳をつけている。

 さらにイラストの女生徒が「五箇条の御誓文の理念は日本国憲法にも生きているのかしら」と質問し、その下に次のコラムを置いている。

__________
「新日本建設二関スル詔書」 1946(昭和21)年元旦,昭和天皇は,「五箇条の御誓文」をよりどころにして,戦後日本の民主主義を発展させていこうと、国民に発せられました。
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■8.「法は国民の歴史の中から発達していくもの」

 人権や民主主義の概念は、西洋の王権と民権のせめぎ合いの中から生まれた。中国や朝鮮では皇帝や王による専制政治が近代まで続き、人権も民主主義もいまだ定着していない。その結果、中国ではまともな民主選挙は行われたことがなく、韓国では歴代大統領はすべて悲惨な末路を辿り、北朝鮮にいたっては独裁者三代の世襲が続くという有様だ。

 それに対して、わが国では神代から大御宝の伝統があり、近世にいたっても「国家人民の為に立たる君」という理想が謳われ、それが五箇条の御誓文から大日本帝国憲法へと発展していった。この歴史があるからこそ、わが国の民主主義は段違いに定着・成熟しているのである。やはり「法は国民の歴史の中から発達していくもの」なのだ。

「人権思想原理主義」ではなく、わが国の先人が人権実現に向けて苦心してきた歴史を辿ってこそ、生徒たちが今後の人権や憲法のあり方を現実的に考えていく力を学び取ることができるのである。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■
a. 伊勢雅臣『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』、育鵬社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594079032/japanontheg01-22/
アマゾン「メディアと社会」「ジャーナリズム」カテゴリー 1位(H30/2/1調べ)
万民の幸せを願う皇室の祈りこそ、日本人の利他心の源泉。

最新科学が解明する利他の心
2018/06/17
最新科学が解明する利他の心

Japan On the Globe(1067)■国際派日本人養成講座H30.06.17■より転載

Common Sense: 最新科学が解明する利他の心
 利他の心は人間に喜びを与え、健康を増進し、能力を高める。その力が、明治日本の躍進の原動力となった。

■1.トランプ大統領のアメリカ流交渉術

 トランプ大統領と金正恩の会談のニュースを見ながら、私自身のアメリカでのビジネス交渉の経験を思い出した。日本でのビジネス交渉と全く違う点が二つあって、一つはトップ同士がサシで交渉すること、もう一つは初めて会う交渉相手に対して、相手がどれだけ信頼できるのか、瀬踏みしながら交渉しなければならないことである。

 トランプ大統領が自らを「ディール(取引)の名手」と自負するのは、こういうアメリカ型のトップ交渉の修羅場を何度もくぐりぬけてきた自信からであろう。

 日本型の交渉であれば、実務レベルで細部まで詰め、その後のトップ会談は儀式的なものになることが多い。また長年付き合っている相手なら互いに信頼しているので、裏切られたらどうしよう、などと考える必要はない。

 相互に信頼してビジネスを進められるのが普通の日本国内と、不信からスタートしなければならない国際社会の差が、こういう交渉スタイルの違いに端的に現れている。

 しかし、この点で日本だけが世界で特別だという事ではない。他国でも、互いを信頼しながら生きていける地域社会や集団は少なくない。ただ日本が特別なのは、国家の中心にひたすら利他の祈りを捧げる皇室を戴き、その利他心が国民に伝染して、国民どうしが信頼し会える国柄を育ててきたことだと、拙著『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』[a]で述べた。

 近年、人間の利他心についての大脳生理学や実験心理学などの研究が進み、利他心が人間が進化の過程で得た本能の一部であること、そして幸福感、知的能力の発達、健康増進をもたらす事などが分かってきた。本稿ではその一端を紹介する。

■2.利他心は人間の本能の一部

 まず最近の大脳生理学は、利他心が人間の本能の一部である事を明らかにしつつある。すなわち、利他心は我々が精神的修養を積んで後天的に獲得するものというよりは、生まれながらにして人間の脳に組み込まれている、という学説である。もちろん、精神的修養によって、生まれながらの利他心がさらに発達することはあるが。

 たとえば、"The Altruistic Brain: How We Are Naturally Good"(「利他脳:いかに我々は生まれながらに善であるか」邦訳はまだない模様)では、ある条件の下では、子供はお菓子を貰う時よりも、誰かにあげる時の方が嬉しそうな顔をする、という実験結果を紹介している。[1, p138]

 この書のタイトルで、ことさらに「我々は生まれながらに善」などと仰々しく言うのも、キリスト教は人間が原罪を背負っているという性悪説をとっており、「利他心が人間の本能の一部」という学説はそれを覆す革命的主張だからであろう。キリスト教の天動説に、ガリレオが地動説をもって異を唱えたと同様である。

 しかしわが国の神道的世界観では、人間も含め、すべての生きとしいけるものは神の「分け命」であるから、「利他心は人間の本能の一部」といわれても、「そだね〜」と思う程度である。

 我々の日常生活でも「利他心は人間の本能の一部」という事はよく経験する。例えば、電車の中で、目の前に杖を持った老人が立っているのに自分だけ座り続けていたら居心地が悪い思いをする。思い切って席を譲ったら、快い気分となる。利他心を発揮しなければ不快を感じ、発揮すれば快感を得る、という事は、利他心が本能である事を示している。

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[2]で登場いただいた日本理化学工業の大山泰弘社長は、近くの養護学校から依頼されて、二人の少女に働く体験をする場を提供した。すると、彼女たちが真剣に、いかにも幸せそうに仕事に打ち込む様に周囲の人々は心を打たれた。

 彼女たちは、会社で働くより施設でのんびりしている方が楽なのに、なぜこんなに一生懸命働きたがるのだろうか、と大山さんは不思議に思った。それに答えてくれたのが、ある禅寺のお坊さんだった。曰く、幸福とは「人の役に立ち、人に必要とされること」。この幸せとは、施設では決して得られず、働くことによってのみ得られるものだと。

「人の役に立ち、人に必要とされること」、すなわち利他心を発揮することによって人間は初めて幸せになれる。禅寺のお坊さんの教えは、最新の心理学研究と一致していたのである。

■3.利他心は「元気、長寿、有能」のもと

 利他心が喜びを生むメカニズムは生理学的にもかなり解明されている。人が利他心から他者のために祈るとき、「ベータ-エンドルフィン」や「オキシントン」など、多幸感や快感をもたらす「脳内快感物質」が分泌される事が分かっている。[2, 89]

「ベータ・エンドルフィン」は、ランナーが長時間走り続けると気分が高揚する「ランナーズ・ハイ」現象を起こす物質であるが、同時に脳を活性化させて、記憶力を高め、集中力を増すという作用もある。また、体の免疫力を高めてさまざまな病気を予防する。

「オキシントン」は恋人どうしのスキンシップや、母親が赤ちゃんに母乳を与えている時に大量に分泌される事から「愛情ホルモン」とも呼ばれている。同様に、大切な誰かを思い、その人への利他の思いが心に満ちた時、脳内に大量に分泌される。「オキシントン」はまた記銘力(記憶力のうち、新しいことを覚える力)を活性化するという動物実験の結果も得られている。

 こうした結果から考えると、他者を愛し、その幸福を祈る利他心は、自身にも幸福感をもたらし、脳を活性化し、さらに体も元気にするという効果があるようだ。

■4.利他心は人類生存のための「武器」だった

 なぜ「利他心が人間の本能の一部」となったのかは、進化理論から説明できる。たとえば、太古のアフリカで人間がばらばらに生きていたら、赤ちゃんを抱いた母親は食べ物も見つけられず、猛獣に襲われても逃げられず、生存は不可能だ。

 そこで人間は家族で暮らすようになり、夫が食べ物を探し、妻が子供を育てるという分業をするようになった。それによって、ばらばらで生きていくよりは、生き残りの確率が高まる。そして家族を維持していくためには互いへの思いやりが必要であり、そこから利他心が生まれた。

 さらに複数の家族が集まってより大きな集団を作ると、猛獣から力をあわせて自分たちを護り、チーム作業で大きな獲物を仕留めることができる。乳幼児を抱えた母親を、周囲の女性たちが助けることもできる。

 約3万年ほど前に絶滅したネアンデルタール人は、現代人よりも屈強で、脳も大きかった。しかし家族よりも大きな集団は作れなかったようで、厳しい氷河期を生き残れなかった。一方、人類はより大きな集団で助け合って、生き延びてきた。利他心は人類の生存のための武器だったのである。

■5.利他の喜び

 拙著『世界が称賛する 日本の経営』[b]では、日本の経済的発展に貢献した多くの経済人を紹介したが、これらの人々は自己の利益よりも、「売り手よし(従業員)」「買い手よし(顧客)」「世間良し」の「三方よし」を生涯をかけて追求した。彼らはその過程で世のため人のために役立った喜びを語っている。

 たとえば、明治11(1878)年にニューヨークに進出して、日本の輸出産業の尖兵となった森村市左衛門は、その後、ノリタケ、TOTOなどの優良企業の事業の基礎を築いた人物である。

 明治37(1904)年、明治天皇の「教育の事はゆるがせにすべからず」というお言葉に感動して、創設されたばかりの日本女子大学校(現在の日本女子大学の前身)に現在価値では5億5千万円ほどの寄付を行った。これに関して、市村はこう語っている。

__________
 昨夜いらい私は非常に心に喜びをもっている。たとえ粟(あわ)一粒のようなまことに小さいものといえども、国家のために種を蒔いたと思いましたから、まことに安心をいたします。
これでまず死んでもあまり遺憾(いかん)はない。私が五十年間、刻苦辛労して働いたのは何のためであるか。国家のためである。いかにしてこの金を国家のために用いるかということは、長く心に問題としていたが、今日その問題を解決し、その目的を達することができたことは、私のためにうれしいことであります。[2, p119]
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 市村は同様に早稲田大学、慶應義塾大学、高千穂大学、北里柴三郎の研究所などにも、巨額の寄付を行っている。そのたびに、このような利他の喜びを味わったことだろう。

■6.利他心が伸ばすやる気

 利他心はやる気も刺激する。たとえば『世界が称賛する 日本の経営』に登場いただいた豊田佐吉。自動織機の発明で財をなしたが、それをどう使ったか。周囲の人がこう証言している。

__________
 さて、其の利益をどうされたかと言うと、公債も買わなければ土地も買わぬ。他処の会社の大株主や重役にもなられぬ。只(ただ)次から次へと自分の紡織業の拡張につぎ込まれる。そうして日本の綿糸布の総高の何割は自分の力で出来る様になった。これが今一歩も二歩進んで、此処までゆけば大分御奉公になるがなあと言って、一人で喜んで居られる。[2, p132]
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 利己心だけでは、こうはいかない。十分な財をなし名声もあげたら、後はのんびりしたいと、それ以上の努力を止めてしまう。ところが、世のため人のためとなると、もうこれで良い、というゴールはない。したがって、利他心で頑張る人には、無限のフロンティアがある。そして、その利他の働きが楽しみであるから「一人で喜んで居られる」機会も無限にあるのである。

■7.利他心がもたらす「和」の力

 聖徳太子17条憲法の「和をもって貴しとなす」の項は、「上和ぎ下睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん」と結ばれている。地位の上下はあっても、和気藹々(あいあい)と議論をすれば、物事の理が自ずから通ずるので、「できない事があろうか」と断言されているのである。

 利他心はこの「和」を実現する上でも、不可欠な基盤をなす。集団のメンバーがそれぞれ利己心で動いていては、共通の目標のために時には自己犠牲も甘受するという姿勢は出てこない。メンバー各人に利他心があってこそ、「和」が実現し、そこから一丸となって力が湧いてくる。

 このお手本を示したのが、わが国銀行業の祖と言われた安田善次郎である。明治15(1882)年、日本銀行が設立され、それまでは様々な銀行が発行していた紙幣を集約することになった。「安田善治郎」の名前の入った第三国立銀行の紙幣は特に信用があり、その発行権を失うと安田がもっとも損をする。

 そもそも紙幣発行は、大蔵省が20年間の権限を与えて奨励していたのである。渋沢栄一は、安田が紙幣発行権を取り上げる事に難色を示すだろうと予想して、直談判をした。安田は黙って渋沢の説明を聞いたうえで、こう応えた。

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 よく解りました。それが金融界の健全な発展のために必要だというのであれば、よろこんで賛成いたしましょう。[2, p157]
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『皇室の祈り』では、「利他心は伝染する」と書いた。これと全く同じ表現を、最新の心理学成果を説明した『SQ生き方の知能指数』[3]で見つけた。

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他者の行為は神経に強い影響を及ぼし、感情が伝染する。人間は、風邪のウイルスに「伝染」するのと同じように、強い感情にも伝染する生き物なのだ。[3, p28]
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 安田が発揮した利他心は、他の銀行家たちにも伝染したに違いない。そこから生まれた「和」が、中央銀行の創設をスムーズに進め、日本経済の近代化を後押ししたのである。

■8.幸福をもたらす利他の道

 明治時代の天寿は60歳くらいだったようだ。豊田佐吉は63歳で亡くなっているので、天寿を全うしたと言える。森村市左衛門は79歳まで生きたので、今日で言えば100歳くらいまで生きたという感じだろう。安田善治郎に至っては没年82歳。それも数々の善行をひた隠しにしていたので、守銭奴と誤解されて暗殺されたのだった。

 これらの人々は常識的には「元気、長寿、有能」だからこそ偉大な業績を残したと考えられるが、認知神経科学から言うと、強い利他心があったために、脳内快感物質が大量に生じて、「元気、長寿、有能」となった、と言えるかもしれない。いずれにせよ、利他の喜びに満ちた幸福な人生を送ったのである。

 明治日本の躍進の原動力となったのは、これらの偉人であり、同様に強い利他の心を持った有名無名の無数の経済人たちであった。彼らの強い利他心が、黒船からわずか70年足らずで、有色人種国家でただ一国、国際連盟の理事国となったという世界史的偉業を成し遂げたのである。

 とすれば、彼らは強い利他心のお陰で、自身も幸福な充実した人生を歩みつつ、国家を隆盛に導いて国民を幸福にした、と言える。

 彼らの強い利他心はどこから来たのか。彼らを育てたのは江戸時代の国学、漢学、心学であり、それらを通じて皇室のひたすら国民の幸せを祈る利他心が彼らの心に伝染したと考える。

 充実した幸福な人生を歩み、それを通じて立派な国家を作り、国民を幸せにする道を、我々の先人たちは知っていた。その道が正しいことを、最新の現代科学は改めて立証しつつある。
(文責 伊勢雅臣)

日本と世界を護る太平洋レアアース泥
2018/05/13
Japan On the Globe(1062)■国際派日本人養成講座■H30.05.13より転載
The Globe Now: 日本と世界を護る太平洋レアアース泥

「ハイテク産業のビタミン」を脅迫カードに使う中国から、日本と世界を護る道が見つかった。

■1.「ハイテク産業のビタミン」数百年分

 東京から南東約1,900kmにある南鳥島周辺の海底下にあるレアアースが、世界の消費量の数百年分に相当する資源量であることが明らかになった。[1]

 レアアースは15種類の稀少な元素で、LED電球の蛍光体、医療用レーザーの発振材料、デジカメの光学ガラス材料、燃料電池の水素吸着体、電気自動車用モーターの磁石など、ほとんどのハイテク製品に使われており、「ハイテク産業のビタミン」と呼ばれている。

 このレアアースの数百年分もの資源量が日本の排他的経済水域内で見つかった事は、日本および世界の経済を激変させる可能性がある。特にレアアースは、現在、中国が独占的に供給し、世界各国に対して脅迫カードとしても使った経緯もあり、安全保障の上でも今回の発見は大きな意味を持つ。

 今回は、その発見者の一人、加藤泰浩東京大学教授の『太平洋のレアアース泥が日本を救う』[2]から、その意味を考えてみよう。


■2.中国による「レアアースショック」

 中国がレアアースを外交上の脅迫カードとして使ったのは、平成22(2010)年9月7日、尖閣諸島沖で違法操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりして、その船長が逮捕された時であった。その体当たりする様子は、一色正春・海上保安官が、民主党政権の禁令を破ってビデオを公開し、ひろく国民の目に触れることになった。[a]

 9月21日、中国の温家宝首相は「日本が船長を釈放しない場合、さらなる行動をとる」と表明し、それまで滞りなく行われていた日本向けのレアアースの通関手続が受理されなくなった。

 9月24日、那覇地検が「我が国国民への影響と今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断した」とコメントして、船長を釈放した。検察が自ら「日中関係を考慮」して、明白な罪人を釈放することなどありえない。明らかに民主党政権が中国の威嚇に屈したのである。

 9月28日、レアアースの通関手続が再開され始めたが、税関で厳しく検査されたり、船積みができなかったりと、実質的な輸出差し止めの状況が続いた。10月5日、大畠章宏経済産業相は記者会見で「輸出が再開されている状況ではない」と語った。

 日本のハイテク部品生産が滞って、米企業にも影響が及んだのであろう、10月15日にはアメリカ通商代表部(USTR)がレアアース輸出規制などにより、米企業が不利益を受けているとして調査を開始したと発表した。中国政府はこれに激しく反発し、10月18日から欧米諸国向けのレアアース輸出を停止するという報復措置に出た。

 これは欧米企業に大きな衝撃を与え、「レアアースショック」と呼ばれた。日米欧は、レアアースの安定調達や削減技術について検討する作業部会を設け、さらに共同でレアアース輸出規制を行う中国をWTO(世界貿易機関)に提訴した。


■3.中国の巧妙なレアアース戦略

「中東に石油があるように、中国にはレアアースがある。レアアースは我が国に必ずや優位性をもたらすだろう」とは、トウ小平が1992年に語った言葉である。中国は世界のレアアース埋蔵量の5割を占め、1980年代半ばから本格的な開発を始めていた。

 1990年代半ばには生産量でアメリカを追い抜き、安値攻勢によって世界の鉱山を次々と閉山に追い込んでいった。そして2000年代には世界のレアアースの90%以上を生産・供給する体制を築き上げた。

 独占的供給を実現すると、中国は途端に供給を絞り、価格を吊り上げる対策に転じた。まず輸出許可枠を突然減らした。2006年に6万トン強だったのを、2011年には約3万トンと半減させた。 2006年〜7年にかけては、レアアースに10〜15%の輸出税を課税した。その後、段階的に税率を引き上げていった。

 2010年のレアアースショック以降は価格が急騰し、2011年8月には史上最高値、しかも1年前の10〜30倍という暴騰を記録した。またレアアースショック後に世界で新規鉱山の開発が進み始めるや、価格は突然下落して、それらの開発企業の株価が急落した。中国の価格操作という見方が広がった。

 中国の戦略が巧妙なのは、中国国内では輸出価格の半値以下でレアアースを流通させ、また中国内で合金に加工すれば輸出数量制限を課さないということで、価格高騰と供給不足にあえぐ外国企業を中国国内生産に追い込んだことだ。日本のいくつかの大手レアアース磁石企業も、中国への生産移転を進めた。これに関して、加藤教授は次のように述べている。

__________
 中国の本当の狙いは、今後中国が世界経済において覇権を握るのに必須の、日本をはじめとする先進国企業のハイテク技術の搾取と集積であることは間違いありません。資源とハイテク技術の両方を握られたら、日本の将来は完全に断たれてしまうでしょう。[2, 764]
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■4.深刻な環境破壊

 中国産のレアアースが安いのは、環境保護を無視しているという面もある。レアアースを精錬する過程でトリウムとウランも濃縮されてしまう。ウランはまだ原子力発電用の資源として転用することができるが、トリウムには使い道がない。中国以外の国では、このトリウムの処理がネックとなって、開発が困難ないし高コストになってしまう。

 中国では、トリウムなどの放射性元素が残留した廃棄物を無造作に貯蔵していて、深刻な環境問題や住民の健康被害を引き起こしていると言われている。

 また一部のレアアースは弱い酸をかけるだけで簡単に回収できるが、中国では不法業者が山全体に弱酸をかけて、流れ出たレアアースの抽出溶液を回収している。回収しきれなかった抽出溶液は河川や田畑に流れ込み、深刻な土壌汚染を引き起こしている。こうした地域では採掘地の荒廃が進み、いくつものハゲ山ができている。

『世界が称賛する 日本の経営』[b]では、売り手良し、買い手良し、世間良しの「三方良し」が日本的経営の伝統的理想であることを述べたが、この中国商法では得をしているのは悪徳業者と中国共産党政府のみで、買い手は供給不安定に晒され、世間は深刻な環境破壊に直面している。こんなビジネスが長続きするはずがない。


■5.加藤教授の決心

 温家宝のレアアースを使った脅迫に、加藤教授は覚悟を決めた。

__________
「これはとても看過できない。もうやるしかない」
 私はついに伝家の宝刀を抜く覚悟を決めました。私たちがひそかに見つけていた?レアアースを豊富に含んだ太平洋の泥の大鉱床?、この研究成果を『ネイチャー』に発表しよう。中国一国によって独占されているレアアース資源の枠組みを根本から変える、日本のためにも、世界のためにも、それを成し遂げよう。私はそう決心しました。[2, 21]
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 加藤教授が学生たちとともに、どのような苦労をして海底のレアアース泥を発見したのかについては、氏の著書[2]に生き生きと語られているので、ぜひ参考にしていただきたい。その研究と教育への熱意で学生を引っ張っていく様は、「加藤さんの研究室は松下村塾だ。現代の吉田松陰を目指して、頑張ってください」とまで言われたそうな。

 加藤教授は大車輪でそれまでに出ていた調査データを取りまとめ、尖閣衝突事件の9ヶ月後、 2011(平成23)年5月19日、『ネイチャー・ジオサイエンス』誌の電子版に発表した。日本のほとんどの主要新聞が、一面トップで「太平洋に大量レアアース」「太平洋に"夢の泥”」などと報じた。

 この?レアアース泥?は、レアアース含有量が高い、資源量が膨大(陸上埋蔵量の約1000倍)、かつ探査が容易、トリウムやウランなどの放射性元素をほとんど含まない、回収が極めて容易(薄い酸で容易に抽出可能)など、まさに夢のような海底鉱物資源だった。

 海外のメディアも大きく注目し、フランスの通信社は教授の発見が中国のレアアース独占に対抗するものであると高く評価した。加藤教授が発表したレアアースの存在海域には、タヒチ沖のフランスの排他的経済水域も含まれていたので、フランスにとっても嬉しいニュースであった。

 さらに公海上やハワイ沖のアメリカの排他的経済水域も含まれていた。この発表の目的はレアアース資源を独占する中国を強く牽制することであったから、日本だけが中国と対峙するのではなく、アメリカやフランスなど、できるだけ多くの国を巻き込むことを教授は狙ったのである。

 案の定、中国の反発は強かった。人民日報社が出している経済紙『国際金融報』は一面で大きく取り上げながらも「レアアース大発見は誰を欺きたいのか」と、まるでフェイクニュース扱いをした。『中国経済網』は「海底のレアアースは使えないし、とっくに知っている古いニュースだ」と負け惜しみたっぷりの論調だった。

 研究の発表だけで、これ以上、中国が出荷規制や価格吊り上げをすれば、世界各国の海底レアアース開発を加速するだけだ、という警告になったようだ。


■6.「この私の思いは霞が関には全く伝わりませんでした」

 アメリカやフランスを巻き込む形での発表は、加藤教授の卓越した戦略的思考を現しているが、もう一つ感心するのが、日本の排他的経済水域に関してはデータを伏せていたことだ。

 マスコミからは「日本の領海または排他的経済水域にはレアアース泥があるのか」とよく聞かれたが、記者会見では「これから調査します」とごまかしていた。実はすでにレアアース泥が存在することの確証をつかんでおり、含有量のデータまで持っていた。

 中国を牽制するという目的のためには、アメリカやフランスの排他的経済水域に関するデータの公表だけで十分であった。日本の経済水域に関する情報は、密かに経済産業省に伝え、いつの間にか日本がレアアース泥の開発・生産までしている、と言う夢のロードマップを教授は思い描いていた。

「しかし、この私の思いは霞が関には全く伝わりませんでした」と教授は語る。「あまりにも馬鹿らしくて、今は話す気にもなりません」とまで言う。

 ここに至って、教授は日本の排他的経済水域におけるレアアース泥の公表をせざるを得なくなった。公表しなければ何も進まないからである。苦渋の選択だった。

 今回の南鳥島周辺の「世界の消費量の数百年分に相当する資源量」という日経記事では、三井海洋開発やトヨタ自動車も加わった「レアアース泥開発推進コンソーシア」が平成26(2014)年に設立されていることも紹介している。民間の力によって、レアアース泥を開発する体制ができているのである。


■7.レアアース泥の開発計画

 しかし水深4〜6千メートルの深海底から、本当にレアアース泥を引き上げることができるのか。加藤教授は非常に長いパイプを用いて海底の泥を海水とともに吸い上げる方法を考えている。この技術はすでに長年の経験が蓄積されており、30年以上も前にドイツの鉱山会社が、水深2千メートルの海底から年間260万トン規模の硫化泥の吸い上げに成功している。

 レアアースは硫化泥と同様、非常に細かい粒子の泥でできているという点で同じであり、また最新の技術をもってすれば水深が4〜6千メートルとなっても十分に可能だという。

 コンソーシアムのメンバーとなっている三井海洋開発は、世界中の海底石油開発に同様の設備を用いており、それを基にしたレアアース泥の開発システムを提案している。それによれば、パイプで船上に吸い上げたレアアース泥を巨大な脱水槽で水分を取り除き、運搬船に移す。運搬船は脱水したレアアースを南鳥島に運ぶ。

 南鳥島では陸上の工場で、レアアース泥から各種の元素を取り出す。この計画では日本のレアアース需要の10%を供給できるという。抽出後の残泥は中和して、南鳥島周辺の埋め立てに使える。すでに海洋環境への影響はほとんどない事、経済的にも十分成り立つ事が確認されている。

 国内需要の10%供給というのは「レアアースの価格をコントロールする調整弁」としては十分だと加藤教授は考えている。中国が安値攻勢に出てきたら、レアアース全体の輸入コストが下がるので、日本企業としては得をする。また高値攻勢に出たら、このプロジェクトの利益が膨らむので、どしどし設備を増やせば良い。

 いずれにせよ中国のレアアース独占供給による脅迫カードは効力を大きく削がれることになる。


■8.三方良しへの道

 日本の需要分10%というのは、第一ステップとしては良いものの、数百年分の資源量と、今後のレアアースの世界需要の伸びを考えれば、設備能力を数十倍にして、世界シェアの何割かを狙うという戦略があっても良いのではないか。アメリカやフランスも生産を始めれれば、3カ国で競争しながら、中国供給などに頼らずに世界需要を安定的にまかなうことができる。

 さらには価格も下げ続けて、中国の環境破壊をしながらのレアアース生産を止めさせる、というくらいを狙ってもよいだろう。

 それでこそ、日本国と日本国民にとっての「売り手良し」だけでなく、増え続ける需要を安定的、低コストでまかなうことでの「買い手良し」、さらには環境破壊に苦しめられる中国人民を含めての「世間良し」につながるはずだ。

 中国流にレアアース独占を脅迫カードに使うのは邪道であり、日本流の「三方良し」経営こそ持続的な成功の鍵であることを、ぜひレアアース泥の開発でも示していただきたい。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(701) ある海上保安官の「報国」
 「一人の日本人が日本のために、当たり前のことをやるだけ」と一色正春・海上保安官は尖閣ビデオ公開を決意した。
http://blog.jog-net.jp/201106/article_1.html

b. 伊勢雅臣『世界が称賛する 日本の経営』、育鵬社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594076858/japanontheg01-22/
アマゾン「日本論」カテゴリー 1位(H29/3/6調べ)

福田次官のセクハラ疑惑に「指摘するべきはそこじゃない」
2018/04/21
フィフィ、福田元事務次官のセクハラ疑惑に「指摘すべきはそこじゃない」

週刊女性PRIME [シュージョプライム] 2018/04/20 23:00

【タイムリー連載・フィフィ姐さんの言いたい放題】4月12日発売の週刊新潮が報じた、テレビ朝日の女性記者に対する財務省の福田淳一事務次官のセクハラ疑惑。セクハラ発言そのものはもちろん問題であるが、同時に、フィフィはメディア業界の“女性を利用する”構図に疑問を呈する。
 今回の騒動で唯一、明らかに問題なのは上司へのセクハラ相談を、初期の段階で報道機関として公にしなかったこと、あるいは結果的に後出したことです。この点において、テレビ朝日が被害者の立ち位置にいることに、世間は違和感をいだいているのではないでしょうか。
 この件については色々な意見が出ていて、セクハラがあったのか否かに重きを置いている方もたくさんいるけど、私は本当に追求しなければいけない問題点はセクハラだけではないと思う。
 そもそも、考えるべきは、世の中が女性を売りにしなければならない、利用しなければならないということ。誰も彼もがそれぞれの形で“女性を利用している”ということが問題だと思う。
女性が女性であることを利用する
 今回のケースから見える“女性を利用している人たち”は大きく3つに分けられると思うんだけど、まずは女性が、自らが女性であることを利用している場合ね。
 今回の女性がどうだったかはわからないけど、女性のなかには自らが女性であることを利用して近付く人もいるわけ。つまり、色仕掛け。
 今回のように公務ではない、プライベートな場での会話を切り貼りをした音声データを証拠として人を追い込んでしまえる前例ができると、今後もこの手法が使われてしまう可能性すらあると思う。
女性を利用するメディア業界
 なぜ女性が自社ではなく、他の媒体にリークせざるを得なかったのか。むしろ、ここがもっと問題視されるべきだった。
 テレビ朝日は今後の取材に響くと思って、女性からのセクハラの訴えを黙殺したと思われてもいたしかたない。
 女性を利用して対象に接近させるスタイルでしか取材ができない、もしくは情報を得られないような状況自体が問題なわけ。若くて綺麗な女性が取材にきたら、ついつい堅い口を開く男性も多いでしょ。
 そして、「#metoo」が話題になったとき、マスコミは実名で名乗り出た女性たちのことを報道しておきながら、いざ自分たちの内部で起きたときには、切り貼りした音源のような、定かでないものを証拠にしているのはおかしいと思う。そんな姿勢でいいのかなと思いました。
 だけど、このことに対してマスコミ全体、言い淀んでいる感じがあるでしょ。つまり、これはテレビ朝日に限ったことじゃなく、マスコミ全体に蔓延ってしまっている取材スタイルだということ。
 セクハラをするおじさんも気持ち悪いけど、こうした“女性を利用したやり方で取材をする”ということも、それと同様に気持ち悪いことだと思う。
 こうしたメディアに対する不信感の集積も一因となって、テレビ離れが起きているのに、なかの人たちがそのことに気付いていない。商品でいえば不買運動なのよ、これは。いい加減、自分たちでこういう取材スタイルを止めていこうとする自浄作用が生まれなくちゃならないよね。
政権叩きに女性を利用している人たち
 メディア業界全体で女性がバカにされているっていうことでしょ。だったら真っ先にフェミニスト団体は声を上げなければならない。だけど、一部の女性議員から聞こえてくる声は、政権叩きの声。
 今回の件も、政権を叩く格好の材料だと言わんばかりの姿勢には疑問を感じます。こんな状態では、いくら「#metoo」などと綺麗事を言っても、男女平等になるなんて程遠いよね。
 そして重要なのは、視聴者も、こうしたメディア業界の、ときに“女性を利用した”取材から得た情報を享受しているんだということを自覚しないといけないということ。
 それがおかしいということを女性全体から声を上げなくてはならないと思います。
<構成・文/岸沙織>

渡部昇一の 国民のコモン・センスを守り育ててきた一生
2018/02/11
渡部昇一の 国民のコモン・センスを守り育ててきた一生
Japan On the Globe(1049)■■ 国際派日本人養成講座 ■■
人物探訪:渡部昇一
〜 国民のコモン・センスを守り育ててきた一生
「素人の知」で専門家の暴走を批判し、国民の「共有された思慮分別」を守り育ててきた一生。
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■1.“素人の人”

 渡部昇一氏が亡くなって、もうすぐ1年経つ。渡部氏の編集者として20余年にわたって20点以上の著書の編集を行ってきた松崎之貞(ゆきさだ)氏は、「連峰」のような「知の巨人」だった、と評する。

 渡部氏は英文法専攻として出発したが、「和歌の前の平等」という国文学での卓見を発表し[a]、文部省が教科書検定で「侵略」を「進出」に書き換えさせたという新聞報道を誤報であると指摘して沈静化させ、さらには「南京事件」や「従軍慰安婦」での歴史戦争の最前線で戦ってきた[b]。

 これら以外にも人間学、知的生活などの分野でも多くの著書を残しており、まさに「連峰」型の知の巨人である。ただここで注意すべきは、英文法以外のすべての分野で渡部氏は「素人」だった、という事である。松崎氏は、この点を次のように論評している。

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 渡部昇一は“素人の人”である。

 何事であろうと、素人として疑問を感じると、相手が大家であれ、斯界の権威であれ、その疑問をぶつけるからだ。「素人が口を出すな」といわれようと、おかしいと思ったらそれを口にする。あるいは文章にして発表する。ジャーナリスト・立花隆との論戦に発展した「角栄裁判」のケースなど、その格好のケース例である。[1, p191]
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「角栄裁判」のケースでは、元首相・田中角栄がロッキードから5億円を受けとったとして一審で有罪判決が出て、角栄側が控訴すると、元最高裁長官が「一審の判決に服すべきだ」と発言した。これに対して、一審に不服があれば、高裁、最高裁に上告できるというのは国民の権利ではないか、と渡部氏は批判したのである。

 元最高裁長官と言えば法学の最高権威である。それに英文法学者が法律の問題で立ち向かったのだから、ドン・キホーテ並みの突進もいいところだ。一方、この長官は「渡部氏は法律の専門家でもないから反論しなかった」と発言したと伝えられている。

 素人なのに最高権威にも立ち向かっていく渡部氏と、素人相手の議論はしない専門家と、姿勢の違いは鮮明である。


■2.素人の国民が言挙げするのが民主主義の基本原理

 たとえば英文法というような特殊な学問分野なら、専門家が素人とは議論しないというのはあっても良いだろうが、こと国政上の問題に関して「素人とは議論しない」という姿勢は、民主主義政治の根幹を否定する姿勢である。

 そもそも民主主義とは、一般国民が政治上の決定権を持つ制度である。政治家は自らの主張を国民に訴え、国民がその賛否を選挙における投票で示す。同様に最高裁判所の裁判官に関しても、国民審査の投票によって、その職責にふさわしくない者は解任される。したがって、裁判官もその判決について一般国民に判りやすいように説明する責任がある。

 一般国民とはほとんどの国政上の問題に関して素人であり、政治家や裁判官は専門家である(はずだ)。したがって、政治や裁判の問題に関して、専門家が素人とは議論しないと言ったら、それは国民の主権を無視した姿勢である、ということになる。

 民主主義社会では、素人の国民が政治や裁判でおかしいと思ったことは、どしどし言挙げをするというのが基本原理である。それを徹底的に行ったのが渡部氏であった。


■3.身の危険も顧みずに

 もっとも床屋談義で素人があれこれ言いたいことを言うのは簡単だが、渡部氏の場合は公の場で発言したり、文章で発表する。この「角栄裁判」のケースでは、雑誌『諸君』昭和59(1984)年1月号に「『角栄裁判』は東京裁判以上の暗黒裁判だ!」と題して、60枚もの文章を発表しているのである。

 しかも当時の左翼が敵視していた田中角栄を弁護するだけに、その中に間違いでもあれば、集中砲火を浴びるリスクも大きかった。実際にジャーナリストの立花隆は「あまりにお粗末な議論」などと罵倒し、「朝日ジャーナル」で「ロッキード裁判批判を斬る〜幕間(まくあい)のピエロたち」という連載で渡部氏批判を始めた。

 立花は法律の専門家ではないが、膨大な『ロッキード裁判傍聴記』を書き続けており、この裁判に関しては詳細を知り尽くした専門家である。その「渡部昇一の『知的煽動の方法』」「渡部昇一の『探偵ごっこ』」などと揶揄調の論法に対して、渡部氏は「立花隆氏にあえて借問す」と真剣な議論を挑んだ。


■4.憲法違反の判例が固定化されたら、わが国はどうなるのか

 渡部氏があえて「暗黒裁判」と呼んだのは、検察側がロッキード社側の証人に刑事免責を与えて証言を得ており、弁護側の反対尋問を許さない点にあった。これは「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ」という憲法第三十七条に違反する所為であった。

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 刑事被告人が検事側証人に対して反対尋問するという、現憲法に明記されている重大な権利を否定するという判例をそのままにしておいてよいのか。[1, p195]
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 こんな憲法違反の判例が固定化されたら、わが国はどうなるのか、という危機感が渡部氏を突き動かしていた。渡部氏の主張が正しい事は、後の最高裁判決でも追認された。

「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」への取り組みでもそうだが、渡部氏が敢えて素人ながら専門外の問題に果敢に挑んだのは、その道の専門家たちの暴走が国の行く末を危うくすると思われた時だった。国の将来を危うくする問題に関しては、その道の専門家に対しても、自らのリスクなど考えずに挑戦していったのである。


■5.「素人としての知」をどう身につけるか

 国の前途を憂う渡部氏の危機感が専門外での多様な著作群をもたらし、それによって多くの国民が啓蒙された。この危機感が氏の豊穣な知的生産の原動力だったのだが、我々一般国民として、もう一つ学ぶべきなのは、多くの分野の専門家にも屈しない「素人としての知」を渡部氏がどのように身につけたのか、という点である。

 この「素人としての知」は、国民が素人として様々な分野の専門家を使っていかねばならない民主国家の欠くべからざる基礎である。この「素人としての知」がなければ、国民は政治家、裁判官、ジャーナリストなどの専門家に操られる愚民に過ぎなくなる。

「素人としての知」を育てる秘訣を、渡部氏自身が若い頃に学んだと思われる逸話が残っている。

 渡部氏の両親は貧しくて、小学校の卒業証書も持っていなかった。その母親・八重野が、戦後まもなくの頃、東大経済学部教授・大内兵衛の「鉄、石炭といった重要な物資は私企業に任せると格差が生じるから、国家が管理して公平に配分すべきだ」という趣旨の主張を小耳に挟んで、こう言ったという。

「それは配給にしろということじゃないの。勝手に商売させないような政治はどんなに立派なことをいってもダメよ」と。小学校も出ていない母親が、東大教授の論をばっさり切り捨てたのである。

 渡部氏は後年、ノーベル経済学賞を受賞するフリードリヒ・フォン・ハイエクが何度も来日講演をした時に通訳を務めた。そしてハイエクから学んだ事を次のように要約している。

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 ハイエクがいいたかったのは(中略)自由市場に政府が干渉すると結局人間の自由が根こそぎ失われるということなのである。[1, p101]
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 自由市場経済を否定する共産主義や全体主義が独裁国家と化し、多くの国民を虐殺・虐待した事が20世紀の人類の経験した巨大な悲劇であった。その悲劇がなぜ生まれるのか、を分析したのがハイエクの学問だったのだが、小学校も卒業していない母親が、ノーベル賞を受賞した経済学者と同じ事を言っていたのである。


■6.現実の経験か、机上の空論か

 なぜ無学の母親がノーベル賞経済学者と同じ指摘ができたのか。この点は「それは配給にしろということじゃないの」という言葉が明らかにしている。戦時中の国家総動員体制で行われた配給制度は、一種の計画経済であった。それに真面目に従う人はひどい目に遭い、ずる賢い人は闇市で儲けたという経験を母親は味わっていたのだろう。

 いくら東大教授が崇高な理想と合理的な理論を持って説いても、それが配給の失敗という現実の経験に基づいていなければ、机上の空論である。実際の経験よりも机上の理論を重視するというのは、多くの専門家が陥りやすい陥穽である。

 フランス革命もロシア革命もシナ革命も、机上の空論を強行し、人類全体で1億人とも言われる犠牲者を出した。「人間はそれほど賢くない。我々が知らないことは沢山ある。だから一歩ずつ、闇夜を手探りで前進していこう」というのが、健全な保守主義者の姿勢なのである。

 この闇夜の例を使えば、計画経済でやっていこうというのは、頭で考えだした地図に基づいて、闇の中を突っ走るようなものだ。地図に書かれていない岩でもあれば、躓いて大怪我をしてしまう。

 そして専門家ほど自分の専門分野に自信を持っているので、闇夜の岩に躓きやすいのである。現実世界でどこにも成功したことのない共産主義にあれほど多くの知識人が惑わされた原因もここにある。


■7.「本当に分かる」ということ

 現実の経験に基づいて自分の頭で考えるという姿勢が、渡部氏の場合は常人離れして徹底していた。それを教えてくれたのが、旧制山形県立鶴岡中学校で渡部氏が出会って生涯の師と仰いだ老英語教師・佐藤順太だった。

 佐藤先生は17世紀のイギリスの哲学者フランシス・ベーコンのエッセイ「学問について」を取り上げ、文法から単語の意味まで精しく吟味していく。1時間に1行しか進まない時も何回もあった。渡部氏には、それがゾクゾクするほど面白かった。

 ある時、佐藤先生から「"nowadays"(近ごろ)という単語にはなぜsがついているのか?」と問われた。「s」が複数形を作るということを覚えていただけでは、説明にはならない。ほかの英文科の先生たちに聞いて回ったが、誰も答えられない。

 それが分かったのは2年後、渡部氏が大学に入って、英文法の本を読んでいたときだった。Sには副詞を作るという強力な働きがある。夏休みに帰省して、佐藤先生にこの発見を伝えると、にっこりとして「そういう疑問を一つでも自分で解くと、うんと力が伸びるものだ」と言われた。

「本当に分かる」とはどういう事が分かると、渡部氏は「わからない」と言うことを怖れなくなった。大学の英文科ではむずかしい話をわかったように偉そうに言うのが普通であったが、渡部氏は英詩の大部分は不自然でわからない、と公言して憚らなかった。

 後にアメリカの大学に招聘されて一年間を過ごした時に、日本語の講談や捕物帖はゾクゾクするほど面白く読めるのに、なぜ英語の小説は面白く読めないのか、と考え、「自分の英語は本物ではない」と結論づけた。それからアメリカの通俗小説を読み続け、ついには身体がゾクゾクするほど面白く読めるようになった。

 このように「分からない」という事を恐れないから、「角栄裁判」にしろ「南京大虐殺」や「従軍慰安婦」にしろ、自分が本当に分かるまで追求していく。

 特に左翼の専門家は、マルクスが大英帝国図書館の机上で壮大な理論をでっちあげたDNAを継承しているせいか、事実無視の思い込み、知ったかぶりが多いから、事実を丹念に調べて、自分が本当に分かるまで追求していく、という渡部氏の姿勢にはひとたまりもなく虚構が暴かれてしまうのである。


■8.共同体の中で「共有された思慮分別」

 こうした渡部氏の「素人の知」を大切にした姿勢を辿ってみると、"Common Sense"という言葉がしきりに思い浮かぶ。"Common"とは共同体の中で「共有された」という意味で、たとえばボストン・コモンと言えば、もともとボストンの市民が牛の放牧で共有して使っていた土地である。"Sense"は日本語で言えば「思慮分別」という言葉がぴったりする。

 したがって"Common Sense"と言えば、「共有された思慮分別」となる。一部の専門家だけが持っている知識や理論ではない。良き国民であれば、同様の思慮分別を共有しているはずだ、という前提がその背後にはある。しかも、この「共有された思慮分別」は共同体に属する人々が、代々の歴史的経験から蓄積してきたものである。

「素人の知」と言えば、いかにも「専門家の知」に比べて低級に感じられるが、それは共同体の中で蓄積され、共有されてきた思慮分別なのである。たとえば、戦時下の配給制度のひどさを体験した人々は、渡部氏の小学校も出ていない母親が「勝手に商売させないような政治はどんなに立派なことをいってもダメよ」という言葉に共感しただろう。

 こうした"common sense"で結ばれた共同体としての国民が、専門家としての議員や行政官を選んで使うのが民主主義の原理である。

 渡部氏が生涯を通じて追求してきたのは、徹底した素人の、すなわち一般国民の立場から、歴史家やジャーナリスト、裁判官など専門家の暴走を批判し、それによって国民の"Common Sense"を守り、深めてきたことではなかったか。とすれば、渡部氏の生き様を天才として敬して遠ざけるのは、氏の本望ではないだろう。

 国民一人ひとりが自身の体験をもとに「本当に分かる」まで、物事を突き詰めて考える、それによって心中の「共有された思慮分別」の根っこを太く深く伸ばしていく。それが自由民主主義国家としての日本を強くし、ひいては日本国民をより幸福にしていく道なのである。我々が渡部氏から学ぶべきは、この道だろう。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. JOG(702) 日本語が育てる情緒と思考
 情緒を養う大和言葉の上に、論理的思考を支える外来語を移入して、我が国は独自の文明を発展させてきた。
http://blog.jog-net.jp/201106/article_2.html

b. JOG(913) 「歴史戦争」を斬り返す 〜 渡部昇一『歴史の授業』から
「我々の子孫にそんな思いをさせては、いかんのですよ」との思いで、85歳の老碩学が「歴史戦争」を戦っている。
http://blog.jog-net.jp/201508/article_5.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 松崎之貞『「知の巨人」の人間学 -評伝 渡部昇一』★★★、ビジネス社、H29
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4828419845/japanontheg01-22/

日本てどんな国?
2018/01/28

Japan On the Globe(1047)■国際派日本人養成講座■H30.01.28

Common Sense: 「日本て、どんな国?」と聞かれたら
 外国人に日本を説明するとっておきの方法。
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■拙著 第5弾『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』
 1/29発売、アマゾンにて予約受付中。
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594079032/japanontheg01-22/

万民の幸せを願う皇室の祈りこそ、日本人の利他心の源泉。
弊紙の過去の記事を増補改訂。

著者による紹介ビデオ
http://www.ikuhosha.co.jp/public/introduction07903.html
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■1.「日本て、どんな国?」

 最近、ある大学で非常勤講師として日本文化論の講義を担当させていただくようになった。文化論を理屈として講義しても面白くないだろうから、なるべく学生諸君に課題を与えて考えてもらうように心がけた。そこで講義の冒頭に「皆さんが外国に行ったり、日本で外国人旅行者と出会って、日本てどんな国?、と聞かれたら、どう答えますか?」と質問した。

 40人ほどのクラスで、留学生も7,8人いた。答えとして、「安全な国」「清潔な国」「皆が親切」などと肯定的な評価がほとんどだったのは嬉しく聞いた。しかし日本に来たばかりの韓国客や、まだ日本を見たことも無い人々に対して、このように感覚的、定性的な答えを出しても、あまりパンチは効かないだろう。

 それよりは、なるべく定量的な、かつ聞いた人が自国と比べられるような答えの方がインパクトがある。例えば、私が最初にイタリアに赴任した時に、日本で習ったイタリア語がどれだけ通じるかのテストを兼ねて、運転手に「日本の天皇は125代目だ」と語った。

 運転士は大変驚いて、「マンマ、ミーア!」と言った。「私のお母さん」という語義だが、日本語に訳せば「ひぇー」というところか。これは10秒で日本の凄さを言い表す殺し文句なのである。


■2.先入観の裏をかく

 最近、扶桑社から出版された『英語対訳で学ぶ日本 歴史と文化の1111項目』[1]は、外国人に日本を伝えるための好書である。今回はその中から、「日本て、どんな国?」という質問に答えるための面白いトピックスをいくつか紹介しよう。

 日本というと小綺麗に盛り付けされた日本料理など、細やかな美的イメージでとらえる外国人が多いが、その先入観の裏をかいて、スケールの大きな建造物などの話をするのも、ご愛敬だろう。たとえばこの本では仁徳天皇陵について次のように説明している。

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 仁徳天皇陵(大仙古墳)は、全長486m、高さ35m、三重の濠を含めた総面積は約46万m2という巨大な前方後円墳である。面積では、秦の始皇帝陵およびエジプトのクフ王のピラミッドを凌ぐ世界最大である。[1, p30]
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 約46万平方メートルと言っても、ピンとこないだろうから、例えばヨーロッパ最大のサッカースタジアム、約10万人を収容できるスペインのカンプ・ノウと比べるてみよう。カンプ・ノウは敷地面積5万5千平方メートルというから、その8倍以上である。欧州最大のサッカースタジアム8個分の面積と言えば、その巨大さが想像できよう。


■3.英語学習に適した英訳

 この部分の、英訳も見ておこう。

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The tomb of Emperor Nintoku (Daisen Kofun) is a giant keyhole-shaped burial mound, 486m in total length, 35m in height, and 460,000m2 in overall area including the triple moat around the outside.
In area, Emperor Nintoku's tomb is the largest in the world,surpassing Qin Shihuangdi's tomb and the pyramid for the pharaoh Khufu in Egypt.[1, p31]
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 前方後円墳を「a keyhole-shaped burial mound」というのは初めて知ったが、「鍵穴の形をした墳墓」と言う意味で、英語国民には簡単に理解できるだろう。そのほか、やや難しい単語には「moat (モ’ウト:堀)」などと注釈もついている。

 このような聞き慣れない専門用語や固有名詞はあるものの、英文としては平明な文体で、そのまま暗記してしまえば、英作文の力がつく。英語で自分の考えを主張するには、短い言い回しをオウムのように繰り返すよりも、このような中身のある論理的な文章を丸暗記した方が効果的である。


■4.始皇帝陵と仁徳天皇陵の違い

 大きさよりも大事なのは、この墳墓がどのように造られたかだ。秦の始皇帝は巨大な墓や万里の長城の建設に人民を酷使し、それが原因の一つとなって、秦王朝はわずか15年で滅亡してしまった。仁徳天皇陵は全く異なる。

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 この墓は、土の総量だけでも10トントラック25万台分といわれ、1日2000人が働いたとしても、約16年間を要する大土木工事だった。『古事記』『日本書紀』によると、仁徳天皇が善政を行ったため民から慕われ、工事に当たっては老いも若きも力を合わせた。

 仁徳天皇は村々の疲弊を憂慮し、これを救済するため3年間徴税をやめ、その結果自身の生活が困窮しつつも、民の暮らしが回復したことを喜んだという伝承がある。後の天皇は御製で仁徳天皇をたたえた。[1, p30]
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 人民を独裁権力で酷使して造った墳墓と、人民が君主を慕って力を合わせて造った墳墓と、性格がまるで違うのである。中国の皇帝は人民を自分の「私有財産」と考えて搾取するから、その反乱にあって国が長続きしない。長続きしても数百年毎には、大規模な内乱が起こって王朝が交替する。

 中国5千年と言うが、現在の中華人民共和国は70年足らずの歴史しかない。その前の清朝も3百年足らず、しかも満洲族の王朝で、漢民族はその下で植民地支配を受けていたに過ぎない。


■5.高さ96mの高層木造建築

 もう一つ、日本の国柄を物語る巨大建築物が出雲大社である。古代日本の優れた土木建築技術を窺うこともできる。

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 平安時代の出雲には高床式の建物が聳(そび)え立っていた。その高さは48m(地面から床までの高さ30m)、加えて、前面に長さ
109mの長大な階段があった。それが出雲大社の本殿である。

 出雲大社の祭祀を代々掌(つかさど)ってきた家に伝わる史料によれば、出雲大社の神殿は、上古は約96m、中古は約48m、現在は約24mとあり、一番細い柱でも約3mの太さだという。[1, p56]
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 96mと言えば、現代のビルでも20数階に相当する。それほどの高層木造建築が、はるか神話の時代に建てられていたのである。そして、その由来にも日本の国柄がうかがわれる。

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 この巨大な本殿は、神話に見える神々の約束に由来する。日本の国土を開発した大国主(おおくにぬし)の命が、天照大神を中心とした神々に臣従する前提としてつくられたのが出雲大社であり、その約束に従って、大国主命は皇室と国家の繁栄と安泰を祈る役割を引き受けたのである。[1, p56]
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 日本国の統一に際して、国土開発に功のあった大国主の命が皇室に「国譲り」をし、皇室の先祖は大国主のために出雲大社を創建された。以来、大国主の命はそこから皇室と国家の繁栄と安泰を祈ってきたのだった。このような平和的な国家統合がわが国の特徴であった。

 こうして唯一の王朝のもとで、平和と繁栄を享受してきたからこそ、わが国は巨大な古墳や神殿を数多く作り、それらを維持できたのである。この点は、いくら国が大きくとも、数百年ごとに王朝の交代に伴う内乱を繰り返してきた中国とは大きな違いがある。


■6.「身分や地域を超えた国民的歌集」

 世界最大と言えば、「万葉集」も世界最大の歌集と言えるようだ。しかも、7、8世紀の歌を集めた、世界最古の歌集とも言われる。最古、最大というだけでなく、その性格がまた日本の国柄を表している。

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 歌の作者は、天皇から農民や防人(さきもり)、貧しい人々にまでおよぶ。年齢や地域も様々であり、男女の差別もない。
内容も、国を見渡すようなものから、恋の歌や日々の生活を述べたものまであり、当時では世界に類例を見ないほど多彩である。身分や地域を超えた国民的歌集が完成していたということは、そのころの人々が、共通の言葉を使い、感動を共有することができたことを示している。[1, p50]
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 日本以外の国では、詩は専門詩人が作り、国民の中のごく一部の教養階級がそれを味わうものだ。ところが日本では、農民や兵士に至るまで、和歌を作っている。そして良い和歌を作るには、作歌の技術よりも良き真心が大切だ、と考えられていた。

 良い歌なら身分や貧富、男女を問わず集めたという事は、人間の外形的な違いよりも、真心を重視する、という文化的伝統の現れなのである。

 これに続いて、同書ではもう一つ大事な点を指摘している。

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 すぐれた歌をつくれば、立場に関係なく歌集に採用されるという伝統は、今日にも引き継がれている。たとえば、毎年、新年に皇居で行われる「歌会始(うたかいはじめ)の儀 」には、すぐれた歌をつくった中学生や高校生が招待されることも珍しくない。[1, p50]
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 皇室が125代も続いているのと同様、国民の歌を通じて真心を通わせるという伝統は、万葉集以来、今も歌会始で続いている。この伝統の継続性は、世界でも類を見ないものであろう。


■7.「古くからのものと新しいものがたくみに共存」

 伝統の継続性のもう一つの表れは、老舗企業が多いということだ。

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 日本には創業200年以上の企業が3500社ほどあると言われている。この数は2位以下のドイツ、フランス、イギリスなどを大きく引き離している。創業100年以上の企業となると、製造業だけでも4万5000社ほどあり、さらに創業1000年以上の会社もある。これほど老舗の多い国は他にはない。[1, p218]
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 この点も、なぜかと問えば、わが国の国柄に行き着く。

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 これは日本人が、外部環境の変化に対する柔軟な適応力と進取の気性を発揮して、歴史の荒波を乗り越えてきたことの証(あかし)ともいえる。内乱や外国との戦争もあったが、異なる民族が入り乱れての動乱は起こらなかった。日本は、外国の植民地になったこともない。日本人の精神のありかたが今日まで変わることなく続いている。

 老舗に限らず、日本は古くからのものと新しいものがたくみに共存している。古いものが否定されることなく、新しいものとたくみに融合しているのが、わが国の歴史の特色ということができる。[1, p218]
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 最先端の現代文明が、神話地代からの伝統文化と共存している事は、世界でも珍しい現象であって、これに魅了される外国人訪問客も少なくない。世界の多くの国々は、現代文明と伝統文化の両立をいかに図るかという難題に苦しんでいる。日本社会は、それが不可能でない事を示しているのである。


■8.なぜ天皇は125代も続いてきたのか

 伝統の継続性の根幹は、やはり皇室に行き着く。同書は「日本人と天皇」の項で、次のように述べる。

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 現在、君主制を敷く20数か国のうちで、日本はその歴史が最も古い。天皇をさかのぼれば神話に行き着く。実年代は今も不明だが、始まったのはおよそ2000年前と言われている。19世紀には「エンペラー」(emperor) と呼ばれる統治者が世界に10人ほどいたが、次々に失われ、現在は日本の天皇ただ一人となった。[1, p232]
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 人類史上の奇跡とも言うべき事実だが、同書はその理由を次のように簡潔に説明している。

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 しかし天皇は歴史上、強大な権力を誇ったのは一時期のことで、そのほとんどは権力を持たず、権威のみを有してきた。実力を有した貴族や武将たちが天皇に取って代わることはかつて一度もなく、彼らは天皇から統治の正統性を与えられる地位を選んできた。

 このような立場で天皇が存続し得たのは、存続を願う多くの国民によって支えられてきたからである。天皇は自ら神々を祭り、常に民の幸福と国家の平安を祈ることを務めとしてきた。その結果、人々の尊敬を失うことなく古代から現代にまで至ったのである。[1, p232]
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「天皇は自ら神々を祭り、常に民の幸福と国家の平安を祈ることを務めとしてきた」という点は、拙著第5弾『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』[a]で、歴代天皇の事績を踏まえて論じているので、参照いただきたい。

 皇室が125代も続いてきたこと、言い換えれば代々の国民が皇室を護持してきたこと。その史実自体が日本の伝統の継続性の象徴であるとともに、巨大古墳や寺社、万葉集などの、世界にも稀な文化遺産を築き、守ってきた原動力でもあるのである。

 この点を踏まえれば、「日本でどんな国?」との質問に対する答えは やはり一つしかない。「125代の天皇が続いてきた国」である。もうすぐ126代となるが。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■
a. 伊勢雅臣『日本人として知っておきたい 皇室の祈り』、育鵬社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594079032/japanontheg01-22/
■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 麗澤大学「学び伝えよう日本」プロジェクト (著), 中山理 (監修)『英語対訳で学ぶ日本 歴史と文化の111項目』★★★、扶桑社、H30
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594078842/japanontheg01-22/

発句
2018/01/22
正月や命もいらず名もいらず  ゆ

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